転生したらヤモリになった

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転生したらヤモリになった

「ところで、タクさん。どなたさんの四十九日法要でした?」 「自分のですわ」 「はぁ? 自分のって、タクさん、何を言うとります? あんた、生きてますがな」 「今はね」 「というと?」  店主は目を輝かせ、反対にタクヤは遠い目をした。 「あの日は、とてもうららかな日でしてね、散歩中のわたしは歩いていてお日さんが眩しゅうて、眩しゅうて。そしたらね、ひょんなことに、マンホールに落ちましてん」 「マンホールに落ちた!? そら、さぞかし痛かったでしょうな?」 「痛いどころか、わたし、死んでしまったんですわ」  半信半疑の店主がカウンター越しに、タクヤの足元を覗き込んだ。 「タクさんの足ありますやん。からかわないでくださいよ」 「からかってなんかいませんよ。一度、きっちり、死んだのですから」 「ほんまに?」 「ええ、ほんまに」 「なら三途の川は?」 「もちろん渡りました」 「もしや、向こう岸に、親父さんがいてはりました?」 「それがね、舟に乗って渡っている最中に、何かぺたっりと冷たいものが顔にはりつきましてな、驚いて、引きはがそうとしたんです。そうしたら、誤って三途の川に落ちたんですーー」 「それで?」 「濡れると思いきや、気づいたら手足に吸盤みたいなものが付いていましてね、尻にもトカゲのしっぽみたいなのが生えていて、これはもしかしたら、今、流行りの転生ちゃうかと、すぐに気が付いたんです」 「それじゃタクさんはトカゲに転生したと?」 「ちゃいます。ヤモリです」 「うははははははっ! イモリ」 「イモリちゃいます。ヤモリ」 「それほど差がないように思いますがね」 「ちゃいます、イモリは両生類。ヤモリは爬虫類なんですから、生物学的に両者は大きくかけ離れています!」  タクヤは息を荒くした。 「わかった、わかった。そないにムキにならんでも」  店主はとんだ藪蛇とばかり苦笑いを浮かべた。 「それで、ヤモリになったタクさんはどないしはった?」 「どうやらそのヤモリは餌が不足していたのか、手足を動かすのもやっとの飢え死に寸前でしてね、住宅の壁のに隠れていたんですわ」 「目を覚ましたら腹ペコのヤモリに?」  タクヤの奇想天外な話に店主はくくっと笑う。 「ほんなら、タクさんの腹ペコヤモリは、餌もないわけやし、転生してすぐに死にはった?」 「いやいや、最後の力を振り絞って、息も絶え絶えになりながら、家の窓にしがみついたんですわ」  ヤモリになったタクヤが這い出た先は、なんと自宅だった。窓から家の中を覗き込むと、嫁と実の母親が、亡骸となったタクヤを安置しているところだった。 「まさか、死んで仏さんになった自分を、腹を空かせた息も絶え絶えのヤモリになったが眺めようとは、夢にも思いませんでした。うちの嫁さん、どうやら病院に出入りしている葬儀会社を断って、わたしを持参したせんべい布団にくるんで、病棟の裏側から運び出したようなんです。それでね、床に置いたまま、かたっばしから葬儀屋に電話しましてねーー」 「そらぁ、また、ずいぶん大胆な嫁さんだ」 「大胆というよりも、ケチやと思う。惚れた腫れたも三年までっていいますでしょう。二人目が生まれた後、鉄のカーテンをしゃーとひきましてね、“父ちゃんの鼾がうるさいから別の部屋で寝ます”って言い放ってから、ほぼ家庭内別居。その嫁が、“父ちゃん、こないに早よう死ぬってわかっとったら、もう少しな保険かけておいたらよかった”って、あからさまに悔しがるもんで、さんざんですわ。その後は若い葬儀屋と値切り交渉ですもん」 「奥さんは今後の生活と葬儀費用と、これから先立つものが多いから、必死だったとちゃいますか? きっと、心の内では悲しみに暮れていたはずですよ」 「いやいやただのケチや。だってね、葬儀代はできるだけ安くしたいのはわかります。けどね、いくらなんでも、坊さんは断る、通夜も本葬も初七日もすっとばして、私を焼いて、墓に直葬(ちょくそう)で済ます段取りがね、どうにも情が薄い。おまけに、若い葬儀屋の手数料を惜しんで、火葬場の手配と埋蔵許可書を、自分の足で役所まで取りにいって、朝一番の出棺ですわ。これのどこが亭主に死なれて、悲しんでいる嫁の姿でしょうかね」 「そりゃええんとちゃいますの? 葬儀代もぼったくりに遭う心配はないし、タクさんの嫁さん、やりますな。せやけど、子供さんたちはさぞかし悲しんだでしょう?」 「それがね、悲しんでいると思いきや、子供らはゲームに夢中でさっぱりーー」 「そうやって、ゲームでもしなきゃ悲しみに耐えられなかったんでしょうな。それで、死にかけのヤモリのタクさんは、どないになりました?」 「運がええことに、目の前に飛んできた羽虫を捕まえましてな。その後、なんとか家の中に入り込んだんですわ。それから、自分の遺体にひっつきましてね、そうしたら、なんだか自分が愛しゅうて、泣けてきて、だって、そうでしょう。たった五十三歳でこの世を去るかと思うと……。そうこうしているうちに棺桶に入れられましてなぁ」  状況を思い出したタクヤは、ハンカチを取り出して鼻をすすった。 「他にお身内は?」 「明石から叔父がきましてね、“お袋さんより先に逝くなんて、なんて親不孝者だ”といいまして、そうしたらお袋がね、“タクヤはきっと空をぼーと見ながら歩いていたんやろう”って、しみじみと申しましてね、まぁ実際そうだったんですけどーー」 「さすがおっかさん、ようようわかっとる。それで、棺桶の中のヤモリになったタクさんどないになりました?」 「棺桶に入って、自分の顏に貼りついておりましたら、なんと顏ダニがおりましてな、腹が減っていましたからね、ダニを腹いっぱい食べていたら睡魔に襲われて、そのまま眠ってしまったんです」 「ほほう、顔ダニを食してから、棺桶の中で仏さんの自分と添い寝ですか。――それから?」 「途中から、棺桶のドライアイスが寒くてね、目を覚ましたら、辺りは真っ暗。そろりと棺桶から這い出て、押し入れに潜り込みましてね、自分の布団の中にくるまって眠ってしまったんですわ。それから、翌日になって目を覚ましたら、どういうわけか死装束の自分に戻っていたというわけです」 「ほな、良かった! さぞかし家族は喜んだでしょうな?」 「それが、押入れから出てきてみたら、すでに出棺した後だったんです」 「ほんなら、棺桶の中身は空っぽ?」 「いやいや、ヤモリが入っておりますやん。生きているかもしれないのに、焼かれては一大事。慌てて家を飛び出して追いかけました」 「死装束で?」 「はい、死装束で。タクシーを止めようと道端に躍り出ましてね、運転手も驚いたのなんのって、運転席からころげ出てきて、腰をぬかして、情けない声でナンマンダーナンマンダーってわたしに向かって唱えるわけ。それでも、なんとか事の次第を説明して、火葬場に向かってもらったんですーー」 「それで、間に合った?」 「それが、間に合わず、灰だけが燻っていました。家族からは“ああ見えて、父ちゃんの骨は意外にも、もろかったんや”と、言われましてな。わたしはわたしで、せめてヤモリの骨を拾って、自宅のにある先祖代々の墓に入れてやりたいと思いまして、家族の前に飛び出しましたらね、化けて出てきたと思ったのでしょうな、嫁さんはひっくりかえるわ、お袋は抱きついてくるわ、それを見た子供らは大笑いで、わたしはわたしで、ヤモリの遺骨をさがすのに必死で、焼き場はてんやわんやの大騒ぎ。だってね、あのヤモリは一瞬でもわたしだったんですよ。きちんと供養せなあきませんでしょう? せやから、今日は、わたしの四十九日というわけです」 (おあとがよろしいようで)
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