05.赤い月

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二人は赤い月から目を離せなかったが、話題を変えて不吉な予感を払拭しようと試みた。 「ねぇ、知ってる? 月の裏側に何があるのか」 「裏側?」 「そう。月はいつも同じ方、つまり表側しか向けていないのよ」 「ヌーナの貨幣(コイン)みたいなもの?」 「ううん。平べったいものじゃなく、丸いのよ。しかも浮いてる」 ヴェルンドがテルに月の姿を伝えるのに、相当な時間を要したことは、月の位置を見ても明らかだった。 彼女は、古代遺跡の文献や石碑から得られたという多くの情報を持っていた。 「そんなこと考えたこともなかった」 そう言いながら、テルはまだ半信半疑なのだ。 この世界にも暦というものが存在する。 一月は約三十日。 一年は約十二か月。 暦は太陽と月の運航によってつくられている。 月は狩猟と夜と死の象徴だ。 一月は十日毎に三つに分けられる。 月の女神にたとえれば、少女期・母性期・指導期に該当する。 新月から月が満ちていくのは、少女が美しく成長する様に似ている。 満月を含む月の姿は、豊穣と子宝を示す母なる女神だ。 欠けていく月は、年老いて皆を導く長老であり、死の象徴でもある。 満ち欠けは知っていたが、表とか裏とかそんなことを考えたことはなかった。 ましてや、丸くて浮いているだなんて。 「私も前は、月に兎が居るとか、蟹が居るとかしか想わなかった」 「食い物ばっかだな」 「海に居る蟹は川の蟹よりも大きくて美味しいんですよ」 「そうなんだ」 「いつか月に行くことが叶うなら、私は裏側を見てみたい」 「流石、月の巫女。詳しいな」 「あ、本当は私……」 ヴェルンドが打ち明けようとした、その時だった。 月を掠めて、何かが天空から堕ちてくるのが見えたのだ。 それはぐるぐると旋回しながら、尾のように熱線を伸ばしながら墜落した。 眩い閃光が煌めき、遅れて大きな轟音がし、山が震えた。
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