棘とシャベル

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「ちくしょう。まだこんなにある」  そうぼやいたおれに、隣の同僚が苦笑いした。「まあ、掘り出し物もあるかもよ」  足元の段ボール箱の中には大量のPCゲームソフト。大手のものから、同人レベルまで。  同僚が適当にさっと一枚引き抜いて言った。「これらのレビューを書くことで、お金を頂いてるんですから」 「そうだけど、さ」  おれはデスクの上のアナログの置時計を見た。あと3時間で日付が変わる。原稿の締め切り日は近い。 「今日はもう、面白くなさそうで、さくっと終われるやつにする」  おれのその言葉に、同僚はぱたぱたとパッケージを物色し、一本のソフトを手に取った。 「これ、つまんなそ。これにしたら」  彼が手に掲げたパッケージのタイトルに、おれも心から同意する。 「うーわ、つまんなそ」  独り身の同僚がおれの顔を覗き込んで、からかうように言った。 「でもさ、結婚も10年経てば、こういう原点回帰したくなるんじゃなーい? 騙されたと思ってやってみなよ」  今をそのまま言い当てられた気がして、おれは素っ気なく言い返した。「そんなことない」  その言葉の奥に、佑奈の横顔が浮かぶ。  ――今日は夕飯要るの? どうせ遅いんでしょ。ま、別にいいけど。  今朝、そういって首を少し傾げた彼女の顔は、どこを向いていたんだろう。  おれは置時計を掴んで立ち上がった。 「仕事じゃなかったら、こんなゲーム絶対やらない。ようし。15分でけりをつける」  じゃあおれもさくっと終われるやつ、とパッケージを漁り始めた同僚を残して、おれは白い仕切りで囲まれたブースの椅子にどかっと腰を下ろし、スロットにディスクを入れた。  もう一度パッケージを見る。 『結婚シミュレーションゲーム』  童顔のくせに、目と胸だけが不釣り合いに巨大な女の子。掃いて捨てるほどある、ありきたりなイラスト。  ひっくり返して裏を見る。 『パジャマ姿の新妻が、モーニングコーヒー片手にベッドにお邪魔。ねえ、今日は何して過ごす?』  おれはパッケージを乱暴にデスクへ放り投げて、つぶやいた。「ないね」  VRゴーグル。マイク。コントローラを持ったら準備完了。データロード。  プログラムとアルゴリズムが織りなす、甘く、優しく、とろける世界へダイブ。  騙されたことに気付くまで、コンマ1秒だった。
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