3話:憎い者

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3話:憎い者

 翌日、セイランはライゼンと共に朝食を取っている。黒い革命軍の軍服をキッチリを着た彼は昨日見た悪魔そのものに見えるのだが、纏う空気はまったく違う。昨夜セイランに向けたのと同じ、静かで落ち着いた、どこか温かさもある表情をしている。 「仕事だろ? 俺と一緒に悠長に食事なんてしていていいのか?」 「朝一の仕事は済ませてきた。今は休憩時間だから構わない。どうした、食べないのか?」  そう促されるのだが、何をどう食べていいのか分からない。パンに、野菜のスープ。卵とベーコンなんて豪華すぎる。物資も貴重なこの世界では特に野菜は貴重品だ。 「お前、毎日こんなに豪華な食事をしているのか?」 「必要な分を取っている。今日はお前も一緒だから少し多めに並んではいるが」  確かにライゼンくらいの体を維持するには食事も大事だろう。身長も180cmを超えているし、昨夜見た体は綺麗な筋肉が付いている。トレーニングは勿論だが、食事も大事ということだ。  そろそろとパンに手を伸ばし、ちぎって食べる。柔らかく、小麦の味もちゃんとする。軍の出すパンにしては上等すぎるものだ。だが、これは上官だからかもしれない。少なくとも帝国軍ではこんな食事出た事がない。 「美味いか?」 「美味い」 「それはよかった。ところで、そろそろ名前を教えてもらいたいんだが? いい加減呼びづらい」 「あぁ、セイランだ」  パンをちぎり口に放り込みながら何気なく口にして、そこで止まる。昨日散々拒んだのに、今あっさりと名を教えてしまった。食事に気を取られていた? とれとも案外気安いこの男の雰囲気に惑わされたか。  見るとライゼンはニヤリと笑っている。その顔が腹が立つ。 「セイランか。綺麗な名だな」 「な! そんな事は、ない」  邪気のない謝辞に思えた。そしてそういうものに、セイランは慣れていなかった。顔が熱く鳴るのを感じ、急いでスープを飲み込む。パンをちぎってまた放り込んでとしていると、不意に手が伸びてきて頬に触れた。顔を上げる、その先でライゼンは笑っていた。 「今日からは名が呼べる。俺の事も好きに呼べ」 「悪魔」 「いい度胸だな。躾するか?」  軽く睨み付けてくるが、そこに迫力はない。冗談、言葉遊び、そんなものに思える。だからそのまま、怯えることもなくいられるのだろう。  再び食事に戻ろうとしていると扉がノックされ、ライゼンの表情が引き締まる。仕事の顔になった途端、場の空気まで変わってくる。とても暢気に食事をしている感じではなくなった。 「ユナです」 「入れ」  そう言って入ってきたのは、優しげで綺麗な人だった。  短い銀髪がキラキラしている、穏やかそうな青年。ライゼンと同じ軍服を着ているにもかかわらず纏う空気は圧倒的に柔らかい。  ユナは室内を見て、セイランを見てにっこりと微笑んでからライゼンへと視線を向けた。 「報告に来たのですが、後にいたしますか?」 「いい、聞く」  いや、よくはない。部外者というよりは捕虜であるセイランがいる中で軍の報告なんてしていいわけがない。慌てて立ち上がろうと腰を浮かせたセイランの腕を、何故かライゼンは掴んで動けなくしてしまった。 「では、報告いたします。第6エリアを統括しているのはブラン中佐でした。いかがしますか?」  その報告に、その名に、セイランの心臓は飛び跳ねる。どうしてライゼンがアイツの事を調べているのか。その真意は、なんなのか。 「あのデブなら簡単に落とせるだろう。準備をしろ」 「ちょっと待て! ライゼン、どういうことだ!」  セイランの取り乱した声に、ユナは小さく笑う。だがライゼンの表情は変わらないまま、簡潔に答えた。 「第6エリアを手に入れる。何の問題もない話だ。それとも、離れた古巣が恋しくなったか?」 「そんな訳がない! いや、だが、これは……」  言い返せなかった。勿論愛着などない。むしろ嫌悪の対象である。だが、だからこそ他人の手に委ねられない。 「では、問題はないな」 「……勝手にしろ」  いや、このまま好きにさせればライゼンは第6エリアを落とすだろう。ブランのような小物、こいつにとってはそんなに手を焼く相手じゃない。今まで無事でいられたのは彼の目が向かっていなかったからに過ぎない。  手を打たなければいけない。だが、今ここでは分が悪い。考える時間も必要だし、相手はライゼン一人の時がいい。この男は一対一で向き合えば話が出来ると思える。  アプローチの仕方も考えなければ。幸い、セイランにはその時間がある。  食事を終えたライゼンは隣の執務室へと移動し、セイランは一人室内に残されたのだった。
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