3話:憎い者

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◆◇◆  第6エリアはそれほど大きくはないが、攻め込むには厄介な場所だ。  多くの探査レーダーが設置され、監視がされている。隣接する第8エリア、第5エリア、第7エリアそれぞれに警戒はしているが、そのうち第7エリアだけは味方である帝国アルゴン派の土地だから監視は緩くなっている。  これはひとえに、この第6エリアを預かる男の小心と臆病の表れだった。  この第6エリアを預かるブランという男は、見た目にもパッとしない男だ。背が低く小太りで、黒い髪を七三に撫でつけている。能力も正直高くはないのだが、とにかく上への賄賂とごますりが上手い男だった。  ここには若い兵士が送られてくる事が多い。便宜上は新人兵士の訓練を任されているのだが、その裏では見目のよさそうな新兵を調教し、上の人間へと献上する調教を行っている。  軍人としてはうだつの上がらないブランだが、調教師という立場ではなかなかの実力者だった。  それこそ色んなニーズに応えられるように仕込んだ。何だかんだと理由をつけてテリトリーへと来させ、そこで男の味を覚えさせていく。言いふらせば自分がどんな立場に置かれるか、そんな脅しも添えての事だ。  そのうちに快楽が身に染みてくれば次だ。要望のあるプレイに悦びを感じるようにする。当然のように薬も使うし、上手く出来れば褒めもする。まぁ、その頃には兵士としては使い物にならなくなっているが。  セイランもそうなるはずだった。あんなに綺麗な者はなかなか出ない貴重品だったのだ。  だが、彼だけは上手く事が運べない。一つに彼は優秀だった。まずミスをせず、なんなら他の仲間への気遣いとフォローもした。そして、潔癖だった。  あのような者こそ、ブランは抱きたかった。高いプライドをへし折り、綺麗な顔に快楽を浮かばせ涙させながら存分に犯したかった。  その欲望があまりに強く、そして元来待つということが出来ない性分だったブランは強硬手段に出た。セイランを物理的に孤立させ、脅し、手込めにしようとした。  だが結局は逃げられ、そのまま行方が分からなくなってしまった。 「まったく、何をしているんだお前等は! 脱走兵一人まだ見つけられないのか!」  ソーセージみたいな指を苛立たしくコツコツしながら、ブランは癇癪を起こして怒鳴り散らす。それを聞く部下はきっと内心、お前が一番使えないんだよと罵っただろう。まぁ、それを言えば首が飛ぶから言わないだけだ。 「セイランを最後に見たのはどこだ! 記録が残っているだろう!」 「最後の報告によりますと、第8エリアの方へと向かったのではという話です。現在、そちらの監視映像をチェックしています」 「第8エリアといえば、あのライゼンがいるところじゃないか。あいつは昔から気にくわなかったが、こんな所でまで祟るとは」 「ルナウザ大佐をご存じなので?」  謎の多い戦場の死神として、兵士はみな彼を恐れている。黒衣の姿ばかりが印象に残るのだ。そして、彼が出た戦は必ずと言っていいほど負ける。戦場の悪魔という異名がぴったりな男だった。  ブランは機嫌悪く睨み付ける。白目が黄ばみ、脂ぎった体を重そうに揺らしながら舌打ちをした。 「お前には関係ないことだ。それよりも早く探し出せ!」  恫喝で部下を散らしたブランは一人どっしりと腰を下ろす。貴重品の葉巻に手を伸ばし火を付けようとするが、その手は震えて上手くつけられない。  恐れているのだ、未だにあの男を。その事実にまた苛立ちを感じる。 「くそ、ライゼンめ!」  憎らしい男の名を呟き、それでも払拭できない恐怖に震える。覚えているのだ、忘れたくても。あの男は……いや、あの男の兄弟はみな異様な空気を纏いこの馬鹿げた世界を悠々と歩いていく。  強い者を引き連れ、誰にも頭を下げず、飄々と自由に生きる力を持っていた。自由などない世界で自由である事を許される才能と頭脳と強さを持っていた。  誰もがあの男の一族を一度は調教したいと思っただろう。一度くらいは味見をしたいと願っただろう。だが、誰一人できはしなかった。  一人だけしようとした奴がいたが、翌日には鉄柵の天辺に腹を裂かれて死んでいた。  死神の笑い声が聞こえるようだ。冷たい笑みが、凍るような瞳が見える。怯え、動けない自分が情けない。それでも本能で感じる恐怖は拭えないのだ。  ブランは己を叱責するも、とうとうこの日その影を消すことはできなかった。
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