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母に見られたらまずいモノは軒並み押入れに突っ込んだし、昼食の準備もしておいた。迷いに迷って結局ミートソーススパゲッティになってしまったが、まあ、なんとかなるだろう。僕が料理している姿を見て、美香子は非常に不服そうだったが今日だけは許して欲しい。彼女はミートスパゲッティが嫌いなのだ。彼女用に別の料理もちゃんと用意する。今度、美味しくないかもしれないが彼女が苦手なにんにくや玉葱を抜いたミートパスタを作ってみようか。牛肉や豚肉の合挽き肉は好きなので、ハンバーグも時折肉オンリーで作るのである。
好き嫌いが多い美香子と一緒に食べられる料理は多くはない。それでも、彼女のために料理を工夫するのが僕は嫌ではなかった。愛する人が喜んでくれる姿を見られるのなら、そんなものは些細な苦労なのである。
「あ」
ゆで上がったパスタにオリーブオイルを絡めていた時、チャイムが鳴った。グットタイミングだ。僕は美香子と一緒に玄関へ直行する。
「いらっしゃい、母さん」
「久しぶりね、美智也」
そう言いながら笑う母は、どこかやつれた顔をしていた。何かあったのだろうか、と少しだけ心配になる。僕のことは散々心配してアレコレ言うくせに、自分の不調はすぐに隠してしまう母だ。
「母さん、大丈夫?なんか顔色悪くない?」
僕が告げると、彼女は首を振って“大丈夫よ”と掠れた声を出した。そして。
「貴方が元気なら、私はそれでいいの。……いい匂いがするけど、お昼作って待っててくれたの?」
「あ、うん。上がって。三人で一緒に食べよう」
「……三人?」
母が訝しむような声を上げた。何故そこに疑問符がつくんだろう?彼女をリビングに案内しつつ、僕は。
「三人だろ?僕と母さんと、美香子の三人。もう一年も一緒にご飯食べてないじゃないか」
僕の言葉に、母は信じられないものを見るような眼で僕を見つめた。なんだろうその顔は。まるでオバケでも見たかのように。
「み、美智也……」
「んー?」
「その、美香子さんは、結婚式の翌日に、事故で……」
「ごめん、よく聞こえないや」
ぼそぼそと喋る母。昔はもっと明るきハキハキ喋る人だったのに、どうしてしまったのだろう。やっぱり具合が悪いのだろうか。
「長く電車に乗ってきて疲れただろ?荷物置いたら手洗いうがいして、座って待っててよ。丁度パスタがゆで上がったから、あとソースかけるだけなんだ」
する、と足に温もり。僕は美香子を抱き上げると、ねー?とその黒い髪に頬ずりをした。可愛い髭がなんともくすぐったい。
「なあ美香子。お前も早くご飯食べたいよな?」
僕の言葉に。愛する妻は、にゃあ、と返事を返してくれたのである。
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