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「七恵、今日も綺麗だよ」
私の婚約者、本橋さんは合流するなり、私にそう言った。彼はとてもストレートな褒め言葉を口にする。それは喜ばしいことであるはずなのに、私は何かが違うという感情にさいなまれる。
「じゃあ、行こうか」
と、本橋さんが歩き出す。身長はそれほど高くない、中肉中背で、なのに、スーツがよく似合う。少し濃いめの顔。
本橋さんがくれる愛情は深く、穏やかなものだ。一定の安定感を持ち、静かに押し寄せる波のように。実際、三年間恋人として過ごして来て、その波が乱れたり、止んだりすることはなかった。結婚相手としては、私にはもったいないくらいの人だと思っている。
「誕生日、おめでとう」
ホテルの高層階でのディナーの最後に、本橋さんは少し大きな包みを取り出した。今日は私の誕生日だったので、お祝いしてくれたのだ。
「開けてもいい?」
「もちろん」
包みをできるだけ丁寧にほどいて、箱を開けるとそこには花柄をモチーフにした可愛らしいパンプスが入っていた。
「うれしい! 素敵なプレゼントをありがとう!」
私はそう言って本橋さんににっこり笑って見せる。
「七恵は優しい雰囲気だから、やっぱり主張が強くない色が似合うと思って」
本橋さんはそう言って安心したように笑う。
「こんな素敵なパンプス、毎日でも履いちゃう」
私がそう言っておどけてみせると、本橋さんは私を愛おしそうに見つめ、目を細める。これが幸せ、なのだと思う。でも、と私は思う。途切れることなく、脈々と注がれるこの愛は私が望んでいるものなのかと。
仕事帰りに、デパートのショーウィンドウにふと意識が向き、私は吸い寄せられるようにその場に立ち尽くした。
そこには、真っ赤なハイヒールが展示されており、私は目を逸らすことができなくなった。なぜかは分からない。しかし、それは十分な引力を持ち、私を引き寄せたのだった。自分の足元を見下ろした。昨日、本橋さんからプレゼントしてもらった花柄のパンプス。仕事で同僚達からは似合っていると褒められたけれど、正直私はあまりうれしくはなかった。自己主張の少ないどのような服にでも合うそのパンプスは重宝はしそうだったけれど、お気に入りになりそうにはなかった。ただ、その場にいて浮かないから、身につけるだけ。自分のようだと思った。そして、花柄のパンプスを受け取り、褒められ、自分の周囲への印象が分かったような気もした。
私は無難で、周りに溶け込みすぎるくらい溶け込む自分が、好きではない。
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