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第肆章(1)世界で一番キツイお仕事
「愛ぁー! 一緒に帰ろう」
中学の入学式を終えた午後。
小学校からの親友が、信号待ちしている鶴居愛を呼び止めた。
「うん! いいよー。一緒に帰ろ」
私は、そう言って青信号になった横断歩道を渡る。
「やった!」
私の親友は、そう露骨に喜んで、すぐに、
「愛は、部活どこに入るとか決めた?」と聞いてくる。
「んー。まだ決めてないよ。でも、濃厚なのはバスケット部かな」
「そっかぁ。私は弓道部に入ろうと思うんだけど、愛もどお?」
……なるほど、それを言いたくて追いかけて来たのか。
「考えておくね」
正直、消去法で決めたバスケット部候補。
部活は何でも良かった。
弓道部に入ろうと言われたなら、きっと私は入るだろう。
車通りが多い商店街を二人で歩いていると、親友が
「あれ?」と、向かい側の歩道に指をさす。
「どうしたの?」
私は、親友が指す方を見ると
「あれって、愛のパパじゃない? 後ろから脅かしてみよっか!」と、合意する間もなく、親友は駆けだした。
「パパは、会社で研究している筈だから、こんな商店街には、いないよー」と、親友の背に向かって叫びながら追いかけた。
横断歩道の信号が赤になり、親友に、すぐに追いつく。
親友の横には、他校の女子が二人立っていて会話が聞こえてきた。
「あかりー、ボーッとして、どうしたの?」
「今、すごい勢いで自転車通って行った人と一瞬、目が合ったの。気になっちゃって……」
「顔見知りとか?」
「ううん。初めて見た人。見た瞬間から胸が締め付けられてるの。どうしてだろ」
「えー。それって恋とか? あかりが、そんな話するの珍しいねー」
「そうかも……。また会えるかな」
他校の女子二人は、そんな会話して信号が青になると、横断歩道を渡り始める。
「あっ。ホントにパパだ」
「でしょ。やっぱり愛のパパだよね」
私と親友は、向こうの横断歩道から、こちら側に渡ってくるパパに声を掛けようとした瞬間、親友が私の制服を引っ張る。
「ん? 私のパパに声を掛けるんじゃないの?」
私は親友の顔を見た。
「愛のパパ、女の人と手繋いでるよ」
意外な親友の言葉に、私はパパの横に並ぶ人を凝視する。
「あの女の人は、愛のママじゃないよね」
「うん。ママじゃない。近所の人」
……パパの隣りを歩く女の人は、啓太朗のママだ。
「それやばっ! 隠れよう」
親友は、そう言って、私の手を取り走り出した。
「待って! 何でやばいの? 私、逃げたくない!」
「愛ちゃん! 見なかった事にしようよ!」
「イヤよ! 此処で逃げたら、ずっとギクシャクしそうだもん!」
「……。愛ちゃん、いつも思うけど、しっかりしすぎ。私は、こういうの苦手だから帰るね。また明日ね!」
親友は、そう言い残し振り返ることない背を、私は見送った。
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