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星が瞬き、月の妖しくも美しい光が闇を照らす。
昼間の暖かな陽だまりとは異なり、どこまでも冷ややかに恐ろしく、本来見えてはならぬものを浮かび上がらせた。
生物の息遣いすら感じさせず、この世にいるのは自分だけなのだと錯覚させるような不気味さ。
雪子は独り、立ち止まった。何をするでもなく、否何も出来ずにいた。
眼前に広がる赤。暗いはずの世界は、残酷にも月によって明瞭となった。
土の地面は液体を吸い込み、染める。
植えられた木にも飛び散ったそれは濡れて輝く。
辺りに充満する鉄錆、生臭さ。
息をすれば肺に入り込み、全てを吐き出しそうになった。
吸いきれなかった赤黒いのが雪子の足下まで迫り、汚していく。
転がるは肉の塊であった。原形を留めていないグロテスクな物体。
近くに落ちている衣服らしき残骸と、朝に見たばかりの――由実が履いていたのと同じ靴。
はらりと花弁を散らすか如くある黒く長い糸、髪。
全てが物語る、肉塊は人間の女なのだと言いたらしめる。
「やぁ、良い夜だね」
場に似合わぬ、厳かで涼やかな声がした。
まるで清涼な山の空気を連想させる、穏やかで美しい声音。
優しく雪子に語りかけてきた。
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