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月光を浴びて、ぎらりと何かが煌めいた。
指一つ動かせない雪子は、のろのろと目線だけを向ける。
声の主の手に、小刀が握られていた。赤色を纏い、鋭利な輝きを失わない命を屠る至美に為す術もなく、目を奪われた。
「あ、ぁ」
意味をなさない呻き。
異常に塗りつぶされた頭では、まともな判断など出来ようがない。
無意識に唇の隙間から溢れた情けない声に目の前の怪物が、からからと笑う。どこまでも透き通って耳に馴染む。
「こんな、夜はね。ダンスを踊りたくなる。若々しく、艶やかな赤を纏う女性とね」
語りかける人物は親しみを込めるように首を傾げた。
そのとき、漸く顔が見えた。返り血で彩られた相貌は人形のように整っている。
見覚えがある。昼食、噂を、教えてくれた張本人だった。名前を。
ふと気が付く。
男の名前を、知らなかった。
そもそも、同級生であっただろうか。疑問は一度浮かべば、水面に石を投げ込み、水紋ができるように広がっていく。目が覚める感覚に呼吸が荒くなった。
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