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そうだ。彼を、昨日初めて見た。同じ高校の生徒でも、ましてや同級生でもない。親しげに話すなど、有り得ない。どうして今まで違和感なく受け入れていたのか。
ぞわりと寒気が走り、得体の知れない恐怖が襲う。身体から力が抜け、へたり込んだ。がちがちと奥歯が鳴って、助けすら求められない。記憶を改ざんさせるなど人間には不可能だ。骨まで斬るなど出来るはずもない。
これは、紛うことなき鬼である。
鬼は雪子の様子を暫し眺めていたが、やがて口角を上げて手を差し出す。その姿は、さながらダンスを誘う紳士のようだ。まるで舞踏会を彷彿させて。
「一曲、よろしいでしょうか。お嬢さん」
踊りましょう。
銀色が閃く。
認識したと同時に、腕に焼けるような激痛が走った。
獣のような掠れた絶叫が響く。それが雪子自身の口から発せられたのだと、遅れて気が付いた。
のたうち回り、患部を押さえれば、ぬるりと滑る。
痛みに歪んだ視界に、恍惚とした笑みを浮かべる殺人鬼が写り込んだ。
紅潮した頬、蕩けた瞳。
すぐ近くまで迫れば月を背負い、陰って表情は見えなくなった。それでも振り上げられた銀色は光を帯び、存在感を強めていく。
終わりだ。
為す術もなく理由もわからず。漠然と確信した瞬間、雪子の意識は途絶えた。
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