第10話 兄との不協和音

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第10話 兄との不協和音

 旧アルゴン領の荒廃ぶりと、それ故の植民政策の遅れについて報告した貴族は、リオの質問に狼狽した表情を浮かべ、内政大臣と軍務大臣の顔を窺う。内政大臣は眉一つ動かさず淡々と答えた。 「我が国の武器の優秀さを知らしめ、輸出を増やすことが目的の一つですので、設備破壊は作戦通りです。それに、旧アルゴンの農業設備は古いものばかり。これを機に最新技術を導入すれば、より高い生産性が見込めます。なまじっか古いやり方に馴染んでいる農民に教えるより、一から覚えてくれる我らがティエラの民のほうがふさわしい。そのように農民たちの説得を進めて欲しい」 「武器を輸出って......。他国の戦争で我が国を潤わせるということですか?」  リオの更なる問い掛けに対し、『何を今更』と言わんばかりの表情で内務大臣は答える。 「ティエラの武器の優秀さは先の戦争で実証済みで、既に多くの国から引き合いが来ております。それらの取引がまとまれば、戦争の負債もあらかた解消する。こんなに効率の良い産業は、目下、他にありませんからな」  もっと良いアイデアがあるなら出してみろと暗に皮肉られ、リオはぐっと押し黙った。 「......では、次の議題に」  議会終了後は、ボールルームで昼食会となる。貴族の重要な社交の場なので、王が孤立して見えるのはふさわしくないと、エンリケも他の貴族たちと同じテーブルにつく。当然、王太子のリオの席は、国王エンリケの隣だ。  リオがテーブルに着くと、周りの貴族たちが立ち上がり、口々に褒めそやす。 「王太子殿下のお召し物は、いつも優雅かつ上品でいらっしゃいますが、今日はひときわ素晴らしい」 「前王ライムンド様が生き返られたよう」  良き(まつりごと)を行おうという気概に満ちながら若くして病に(たお)れた父の志を受け継ぐ覚悟を表明するつもりで、彼の好きだった色を身につけた。それに対する周囲の強い反応に、リオは内心少し焦っていた。これ以上兄を刺激したくないという気持ちを滲ませながら礼を述べた。 「過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。私はまだ若輩者。皆さんのご指導を頂きながら、王家の一員として、国王陛下を微力ながらお支え申し上げたいだけです」  リオの謙虚な言葉が彼らを更に感心させた次の瞬間、エンリケが現れた。全員が口をつぐみ、神妙な表情で礼をする。  彼はリオの隣に立った。静かに俯いて礼をしたが、彼はじっとリオを見つめている。こんなに長く彼が自分に目を留めたことはない。違和感と同時に、リオは、彼から、ごく弱いアルファのフェロモンを嗅ぎ取った。 (兄上のアルファフェロモンを感じる。ということは、彼も僕のオメガフェロモンを感じるのだろうか......?)  不安で胸がざわつき、粘っこく冷たい汗が額と脇を流れる。 「確かに、我らが父上に似ている。弟よ。父上も、ご自身に生き写しのお前が、さぞ可愛かったであろう。お前が生まれてから、父は公の場以外では母と私に目を向けることすらなかったほどだ。父のお側で育ったお前なら、さぞ直接帝王学を教えていただいたろう」 「......いえ。私は、国王陛下の臣下の一人にすぎません。何も学んでいないからこそ、今日も、国の基盤たる経済を考えない発言でした。己の不省を恥じております」  やはり、父から依怙(えこ)贔屓(ひいき)され、特別な教育を弟の自分だけが受けたと疑われている。瞬きもせず、獲物を前にした蛇のように冷たく自分を見るエンリケに、誤解だと必死に目で訴えた。 「そうか。てっきり、武器輸出産業を推し進める私は人殺しだと非難されたのかと思ったんだがな」  エンリケの口調はゆったりしていて、楽しそうですらある。しかし、彼の口元には、歪んだ笑みが浮かんでいる。まるで手中におさめた獲物をすぐには殺さず、(なぶ)って楽しむような、薄暗い愉悦に浸っているようだ。 「私の不勉強ゆえの失言です。どうかお忘れください。......兄上」  彼が戴冠して以来、公の場では服従の意を示すため『国王陛下』と呼び掛けてきたが、彼が自分を弟と呼び、父を話題にした直後だ。敢えて兄と呼び掛けた。しかし、エンリケは歯牙にもかけず、鼻で嗤って流した。  その日、エンリケは、二度とリオを見たり話しかけたりしなかった。  アーロンとの出会いと恋心の芽生え。  しかし、その彼は、敵対する国の王子という運命の皮肉。  自身のバース性がオメガらしいこと。  この短い期間での運命の激変に、リオは少しぼうっとしていたのだろう。昼食会中に食器を落として割ってしまった。しかも、割れた食器で指を傷付ける始末だ。 (あぁ、情けないなぁ)  こっそり溜め息をつき、出血した指を押さえたナプキンを下僕に手渡した。  ......これがエンリケによって仕組まれた罠の一部とは、この時リオは知る(よし)もなかった。
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