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再び彼女に視線を向けると、目の前の男性そっくりの深い茶色の瞳が目を引いた。落ち着いたダークブラウンの瞳だけがまるで珍獣を観察するように私に向けられている。『この人は自分にとってどんな人なのか』、という好奇心はあるが、どうにも『この人は悪い人ではないのか』という猜疑心は拭いきれないらしい。
「さっきまでご機嫌に千歳とペラペラ喋ってたのになぁ」
キュ、と蛇口を捻る音ともにマスターが肩を竦めた。ケトルに水を汲みながら思いっきり苦笑いを浮かべたまま、優しげに琥珀色の瞳を彼女に向けている。
「やよい。何にする?」
水を汲み終えたマスターがケトルの電源を入れた。ストレート豆で飲みたい気分だったけれど、今はこの女の子の方が気になって仕方ない。豆を吟味する時間すら惜しくて「ブレンド」と短く返答すると、マスターがブレンドの瓶に腕を伸ばしたのを視界の端に捉えた。
「まぁ、俺も最初こうだったし」
「……」
顔見知りの男――千歳もマスター同様に苦笑し、目の前のコーヒーカップに手を伸ばした。マスターと彼の言葉で、彼女は千歳に対しても最初はこうだったが、次第に打ち解けて楽しげに会話をしていたという事を汲み取った。きっと彼女の不安感を取り除いてあげれば私とも会話してくれるだろうと踏み、視線を合わせるように腰を曲げそっと問いかける。
「こんにちは。お嬢さん、お名前は?」
「……」
幼い彼女の不安感をほぐそうとにこやかに話しかける。無言のままじっとこちらを見つめる瞳は、やはりなんとなく探るような感情が見え隠れしている。幼子特有の行動に思わず口元が緩んでいく。
「ほら、名前。言えるようになったろ?」
男性が角ばった指先で、むにっと女の子の頬を摘まんだ。顔の丸さを強調するような、ぷっくりとした輪郭に触り心地の良さそうな艶やかな頬。
父親と思しき彼は切れ長の一重だけれど、女の子はぱっちりとした二重。その特徴は恐らく母親に似たのだろう。両親の外見が綺麗に混ざった風貌を持って生まれてきた子なのだと察した。
「……むらかみりか」
少しばかり警戒したような声色で彼女が小さな声を上げた。それでも名乗ってくれたという嬉しさにさらに頬が緩む。
「そっか。りかちゃん。いくつになったの?」
「……」
りかちゃんは男性の服を掴んだ小さな手を離し、薄い唇をキュッと結んだまま無言で指を3本立てる。初めに受けた印象とほぼ違わない年齢に、やっぱりと腑に落ちる感覚があった。
「そっか。3歳なんだね」
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