25.夕暮れ時の薄明光線(マスター視点)

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 俺の店に千歳が出入りするようになって2年が経った頃。千歳は初めて俺に自分の身の上を打ち明けた。景元グループ直系の人間であること、自分の将来が定められていること。  自分は父親から愛されていない。なぜなら、父親が卒業した大学を受験したものの不合格となり、『お前は失敗作だった』と言われたからだ。20歳になったときには父親が当然のように自分(千歳)の就職先を作っていた。兄たちは景元グループの中で自らが希望する所属へと就職していったが、自分はそうさせてもらえなかった。すでにレールを敷かれていた。優秀な兄たちと比べ、劣っている自分。自分が生まれてきた意味を見出せない。  自分は兄たちの劣化版(スペア)でしかない。だから自分は機械人形(オートマタ)なのだ――そう自嘲していた。  オートマタらしく、いつか活用できるかもしれない知識を詰め込むしか自分にできることはないのだ、と泣き笑いを浮かべた千歳に、自分の存在価値を自分で決めるなと俺は言った。過去の経験というモノサシを未来にまで当てはめて、全てを諦めて生きるのは愚者の骨頂だ。幼少期の家庭環境はどうだったのかまでは推し量れないが、平凡に生活しているだけでも、人間とは誰かにとって価値のある存在だ。 「モノを買い消費している」「テレビや音楽を視聴している」等、なにげない普段の生活の行動に恩恵を受けている人間はたくさんいる。つまり、誰しもが生きているだけでも十分価値があるということ。  自分自身の存在意義を見つけられないでいる不器用な千歳に俺は、ひとつの約束をさせた。『俺と交わした約束だけは破るな』、と。自分以外の誰かと約束した何かを守り続けることで、自分の存在意義を見失わせまいとした。千歳を信じているという態度を示すことで、俺は千歳が産まれてきたことを肯定したかった。 「子どもが欲しいっつうやよいの価値観を知って踏み出せなかっただけなんだろう、お前は」 「……うん」  僅かに顔を上げた千歳は、俺の指先から立ち上る煙をぼうっと眺めていた。千歳自身が生きている存在意義を見出せないなかで、子どもはほしくない、子どもに自分と同じ想いをさせたくない、という結論に辿りついていたのはとうの昔から知っていた。やよいに出会い、惹かれ、「やよいの望みを叶えてやりたい」という想いと、自分が抱える「子どもがほしくない」という矛盾した考えに板挟みとなりグダグダと肉体関係だけを結んでいたのだろう。セックスを通して疑似的にでも自分に想いを向けていると感じたくて。本当に、どこまでも不器用な人間だ。
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