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「京一さん……」
姫ちゃんが声を詰まらせながら話しかけた男は振り返って最初は事態を飲み込めなかったようだったが、それが2年前に弄んで捨てた女だと気が付くと驚いた表情を一瞬見せた後に、何故か嬉しそうに微笑んで姫ちゃんに近づいてきた。
「……裕美ちゃん……何で?……そうか、僕を探してくれたんだね……」
そんな訳あるか、何処までアホなんだ?
「ううん、偶然……
京一さん、今、ここで何しているの?」
「ああ、そこの小さな会社だけど親父の後を継ぐために修行中なんだ」
「そうなの……」
俺は、姫ちゃんを伴って、奴の経営する会社のすぐそばの、俺の勤める会社のすぐそばの、地元の中華屋に昼を食べに来ていた。
そうさ、お前は毎日ここで12:10分になるとチャーハンと餃子を頼んでいたよな?
俺達の座るテーブルに近づいて、そいつは人懐っこい笑顔を、飛び切りの笑顔を姫ちゃんに送ると、
「それより、君は何で連絡もなく消えちゃったんだ? ずっと探していたんだよ……電話も変えちゃったみたいだし……」
「だって……奥さんもお子さんもいたんじゃ、あたしの居場所なんか無いじゃない……」
「それは君の誤解なんだって……あの日見たのは僕の妹なんだよ。僕はあの日、妹の家を訪ねていったら君が来て、ものすごく驚いて、ビックリしてたら、君がいなくなって、それっきり……随分探したんだ」
「渋谷の会社は?」
「ああ、あれね。大きくして売ったんだ。もうお金には困らないから、田舎に越して親父の会社の面倒を見ているってところ」
「そうだったんだ……あたし……あたし、てっきり……京一さんを信じられなくて逃げ出しちゃった。ごめんさい」
「いいんだ。また、俺のところに戻ってきてくれる?」
「あたしなんかで良いの?」
「前にも同じこと言ったよね。君じゃなきゃダメなんだ」
「京一さん、嬉しい!」
マジか……
天性の嘘付き……
いい笑顔で姫ちゃんに二年間の空白を埋めるように語るこいつは……
残念ながら……
こいつの言っている事は真実だ……
こいつの脳内では、こいつの脳内は、今、そういう人格が支配して、こいつの真実を話している。
決して、それは嘘ではなく、こいつの中では真実で、事実なんだ。
自分の虚像をいくつも持っていて、それが……
実像がどれか分からなくなってしまった……
虚像の世界に生きる者だ。
極まれにいる、噓を真実と思い込める、違う……
真実としか思っていない……タイプの人間だ。
俺の行くべき未来の姿……だ。
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