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「京一さん……
あたし……
やっぱり……」
「裕美ちゃん! 行かないでくれ!
俺の傍にいて欲しい!
この通り……君を寂しくさせた事を後悔している、この通りだ、許して欲しい。そして、今度は君を迷わせない、だから! 頼む!! この通りだ」
京一さんが街はずれの大きな河原の堤防沿いの歩道の上で私に土下座をして許しを請うている。
随分と……
芝居がかっているんだね……
そもそも、この人には、自分が無かったんだ。
あたしだっておんなじか……
他人に言われるまま、高望みしてキャバクラで働いて、他人より着飾ろうとか、他人より良い男を捕まえようとか、他人より綺麗と思われたいとか……
他人を基準にした、相対的なゴールを思い描いて、あっちこっちフラフラしていた。
それは、今にして思えば……
……時折、散歩をする人が遠巻きに見ながら歩く防波堤の道で土下座を平気にする男と同じで、他人を基準にゴールを決めていたから……
自分と言うものが全く無かったから、簡単にあたしは転がり落ちるように道を誤ったんだ。
この人が悪い訳じゃない。
あたしが、悪い……
絶対の自分を持たなかったあたしが悪いんだ。
でもね……
今は違うよ……
あたしは、あんたのおかげで少しは見えるようになってきた。
少なくとも、平気で人前で芝居がかって土下座が出来る様な奴にあたしは未来を見ることは……
もう無い。
猟さん……
ありがとう。
理解した……
あたしの自信を取り戻させるために、本当のこの人を、過去のいい思い出の訂正の為に、復讐してくれたんだね。
きっと猟さんは、“好きでやった、だけだよ”とか、言うんだろう。
そして、何も見返りを求めない。
そんな人だ。
それも、知っている。
「ねえ……顔を上げて?」
「許してくれるのかい?」
「ねえ……あなた、奥さんいる?」
「いないよ!」
「ねえ……あなた、子供は?」
「いない! なんで?」
すました顔で……
答えてきた。
眉一つ、表情一つ変えずに答えている。
「あたし……
あなたと付き合って、あなたとお別れして、今は、とっても好きな人がいるの……
その人は、とっても誠実な人……
嘘をつくとね、口のここが上がるの……
もの凄く分かりやすい、あなたの様に平気に嘘を吐く奴じゃない!
あたしは!
あんたみたいな、自分の無い薄っぺらな、嘘付き男の事なんか、もうさっぱり忘れて、あたしが自分の全部を掛けても手に入れたい人と一緒にいるの……
その人を見てしまうと……
大勢の人が行き交う道端で、大声を上げてこれ見よがしに視線を浴びて、あたしを追い込もうとしている、そんな小さい男なんて、やっぱり、クズにしか見えない……
知ってるのよ……
全部……
あなたに奥さんも子供も……
違う……
あたしは知っている!
あんたに今年32歳になる妻がいて!
6歳と2歳の子供がいる事をしっている!
上の子供は、幼稚園の年長さん!
さくら組で毎日元気にお遊戯している。
嫁はあんたの能無しさを嘆いて、父親に金を出してもらった渋谷のトンネル会社の社長にした。
そこの金から、何故か知らないが何の苦労も無くあふれ出す金を使って、女遊びを繰り返している!!
あんたの嫁はそれに嫌気がさして!
仙台の小さな町工場に入社させた!
お飾りの社長として!!
その会社も……
もう、終わりよ……
だって、あたしの大好きな人に目を付けられたのだから……
あたしの……
あたしの人生を踏みにじったのだから……
あの人は……
あたしの大好きなあの人は……
あなたを許さない……
あなたは……
全部失う……
そんな……
あんたには……
何の価値も無い……
一生、そうやって、虚像の自分と付き合っていきなさい!……
永遠に捉える事の出来ない、自分と向き合って生きてくのが良いよ!!
あたしは……
今のあたしには……
やることがあるから……
過去の自分と向き合う時間なんてもうない……
だから……
さようなら……
永遠に……
あなたの前に現れる事は無いし……
あんたも、あたしの前に現れないで……
あたしの……
ずっと昔の……
大切だった……
人……
バカな、タダの嘘付き……
さようなら……」
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