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『王宮のある豪奢な一室に異質な物がある。
黒い長方形の箱のような物だ。
その黒い箱には。
黒い布が取り払われて、入っていたのは、椅子に座った一人の裸体の男だ。
精悍な顔の持ち主は、鼻と口を覆うように鉄の仮面を装着させられている。
先程、眠りが浅くなった頃合いに、テトとアイダが取り付けた物だ。
その仮面の内部は、布で側面が縁どられ、仮面から伸びる管の先に、椅子の下に取り付けられた機械によって発生する霧を周りに四散させないように覆っているのだ。約三十分吸入させる。
機械を稼働させれば、仮面の中には薬剤の霧が出る。
豪奢な部屋の前で立っているのはアイダの兄だ。
今日からこの部屋の警備をすることになる。
豪奢な部屋のカーテンや、ベッドのシーツ、それらを丁寧に縫い上げ、これからの毎日、この部屋の掃除を仕上げたり、仮面の中の布を縫ってみたり、男の世話をするのはアイダの姉だ。
そして、この話の顛末を書きとどめるのは父で、これからテトに教わった麻酔薬を日々この男で試すのは、アイダの母だ。
アイダの家族は東の国の王宮に仕える家系だ。
アイダの家に生まれた者は、全て王に仕える。
そうでない者に生きる資格はない。
だが、アイダだけは、これからは違う王に仕える。
それについては家族は責めない。なぜなら東の王が快諾したし、家族も誇りに思っているからだ。
アイダは黒い箱の前で、愛する男と寄り添っている。
黒い箱の男は、表情を浮かべていないが、それも後数分だろう。
アイダの姉が仮面を取り外す、二分後には男の感情が浮上する。
男がまどろみから覚めると、あの人が目の前で迎えてあげられるように、アイダとテトが横にさがると、礼を言って、美しい人が男の前に歩み寄る。
男の瞳に生気が戻る。
すると、喚く。
なんだ、これは。ここは、どこだ。
そして東の王を見る。
「おい、お前がどうして」
そして、テトを見る。
「なぜ、ここに。お前は東の国にいるのではないのか」
そこで初めて、自分の体が動かないことに気づくのだ。まともに話せて、見えて、考えているのに。体だけが他人の物のようだった。
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