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陽に炙られた二本のレールは、八月の光に鈍く光っていた。それはきっといつもと変わらぬ風景。退屈に過ぎてゆく日常という名の歯車は恐ろしく強大で、非日常をやすやすと呑み込んで知らん顔をしている。気配さえ残さず。
マーくん……。僕を呼ぶコハルの声が聞こえた気がした。
ふっと影が差した。
「何か落としたの?」
顔を上げると、両手を膝に当てた駅員さんだった。
「あっ、いえ、ちょっと探しものを……いえ、何でもないです」
立ち上がった僕はズボンの膝を叩いた。視線の向こうには、晴れているはずなのに、灰色にしか見えない海が広がっていた。
僕はベンチに向った。コハルと最後に座っていた木製のベンチ。
コハルが弟を探しにきたように、僕もときどきコハルを探しにくる。初恋の相手だったコハルを。
嘘をついたあと、あらぬ方をみて、ふふふと笑う少女を、見よう見まねで初めて口づけをした女の子を探しにくる。
マーくん……。
ホームの向こうに電車が見えた。踏切の音にまったく気づかなかった。ベンチから立ち上がった僕は走った。腕を振り必死で走った。
マーくん……。
コハル!
大きくジャンプした先にコハルの姿はなかった。混乱する頭の中で警笛が鋭く鳴った。線路と枕木に、ムササビのような形をした自分の影がゆらゆらと揺れた。
春の花筏に、ふたりで投げた小石。夏の花火を見上げて痛くなった首の後ろを、えい、えい、といいながら叩いてくれたコハル。秋のおはよう。冬の手つなぎ。
漠然とだけれど、騒ぎすぎたあとに、もっともっとお互いを必要とする季節が訪れるのではないかと思っていた。まだまだ話すべきことがあったから。
もしかしたら、もしかするとだけど。僕たちが探す先に、お人形の羽やドラえもんの靴があるのかもしれないと期待していた。
─fin─
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