ドラえもんの靴

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ドラえもんの靴

 赤い物体がコマ送りのように動いている。それはとても鮮やかな赤で、トビウオのタマゴのとびっこみたいに、小さな小さな木の実らしきものだった。 「なに?」視線を追ったコハルが僕の足の間から地面を覗き込んだ。シャンプーなのかオーデコロンのようなものなのか、彼女特有の若葉のような香りがした。 「(あり)」と僕は答えた。  ほら、と指さしたけれど、赤い実を運ぶ蟻は見失ってしまった。 「さてと」コハルが公園のベンチから立ち上がった。 「どこ行くの?」 「探しもの」 「また?」 「またってなによ」 325b3f16-2bdb-4a6a-b82c-04b92e5d7d69    小さいころから僕たちは、いつもなにかを探していたような気がする。お人形の羽がなくなっただの、ドラえもんの靴がどこかにいっただのと。 『そのお人形に羽なんかなかった』とか、 『ドラえもんは靴なんてはいてない』  とか、僕たちは(なじ)り合った。  電車に乗ったコハルの隣に座った。あまりにも近すぎたから少しだけずれた僕の左腕に、シートの軋みとともに熱が接近した。向かいに座るおばさんが、嫌なものでも見るように眉を曲げた。離れて座るおじいさんが、ふぁあと縁側の猫みたいなあくびをした。  平日のお昼過ぎに電車に乗ってるなんて無法者だ。この上もないアウトローだ。そんなものに興味もシンパシーも感じない僕にとっては、針の(むしろ)のようだった。それも男女で、こんなに接近して。  あぶぶぅ。コハルの妙な声に横を見ると、ツインテールの向こうに赤ちゃんを抱いたお母さんがいた。コハルは右手をパクパクとさせていた。  しばらくのあいだ、僕たちは黙って電車に揺られた。ウトウトしているのか考えごとか、盗み見たコハルの伏せた長い睫毛が、昼下がりの車内に繊細な弧を描いていた。
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