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叫び声
ホームの木製ベンチに座ったコハルの隣に、僕も腰を下ろした。コハルがふたたびギシッと音をさせて、ぺとりと汗ばんだ熱を運んできた。と同時に、ぺちん、と額に衝撃が来た。コハルが雪辱を果たすタイプの女であることはわかっていたけど、タイミングが違う。
「夏休みになったらさ」
泳ぎにこようか、と言いかけたそのとき、叫び声が上がった。弾かれたように立ち上がったコハルは、なにごとか口走って走り出した。
ホームの端っこでさっきの子連れのお母さんが半狂乱になっている。胸の抱っこ紐には間違いなく赤ちゃんがいる。物を落としたにしては尋常ではなかった。
ホームを走ったコハルがスカートを翻して線路に飛び降りた。なにが起こったのか僕には理解できなかった。わかったのは、右側の踏切にある警報機が鳴り始めていたことだけだった。事態を呑み込めないまま、僕の足は見えないものに絡み取られていた。
ホームの向こうから、帽子を押さえながら駅員さんが走ってくる。
やがて小さい男の子が顔を出した。驚き過ぎたのだろう、男の子は泣いてなかった。しゃがんだ母親が男の子を引き上げた。その向こうからコハルが顔を出した。
正気に戻った僕は走った。凄まじい警笛が鳴った。視界の隅に赤黒い物体が迫った。目の前で起こっている現実が信じられなかった。まるで夢の中にいるような浮遊感と白く飛んでゆく景色。追い越される。
え⁈ 間に合わない? ……ウソだ、絶対ウソだ、ありえない。
膝でスライディングするように伸ばした手にコハルがつかまった刹那、電車がそれを奪っていった。必死でつかんだコハルの手はねじれて取れた。
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