コハル脱走

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コハル脱走

 なんでついてくるの? ツインテールを揺らしたコハルはクイッと眉を曲げた。 「なんとなく」と僕は応えた。  あ……心配だから。うん。コハルが心配だから。僕は慌てて付けたした。  ふぅん、と疑わしそうな目で僕を見て、コハルは背中を向けて歩き出した。  梅雨の晴れ間が見せる鮮やかな木漏れ日の中、通学リュックの上でツインテールが右に左に揺れていた。それはついてくるな、と首を振っているようにも、僕を誘う猫じゃらしのようにも見えた。       * * * 0bb9fae7-0b95-4f0b-9b87-e44b2054181b  昼休み、コハルが教室を出た。そんな彼女に気づく生徒はいなかった。そもそも教室に残っている生徒は少なくて、スマホを見ているか、読書をしているか、進学校らしく教科書を開いているか。いずれにせようつむいていたのだから。  僕もすぐさま鞄を手に立ち上がった。なぜなら、今日は学校に戻る気がないことを、彼女の左手の先にぶら下がるリュックが教えていたから。ついに勉強についていけなくなったのかコハル。  コハルは小学生のころからの友だちだ。いや、小学生のころは友だちだったといった方が正しいのかもしれない。中学に入ってからなんとなく疎遠になってしまったから。  小学校のころはバレンタインのチョコをもらったこともあるし、お互いの家に遊びに行くことも珍しくなかった。ふたりでせっせと秘密基地をこさえたこともある。そこで行われるのは謎めいた儀式。僕たちはきっと無敵だと信じていたころ。 「どこ行くの?」  突然尋ねられたのは中学二年になったころだった。一切の空白を感じさせないさり気なさに僕は面食らった。彼女が無理をして話しかけたわけでも、何らかの意思をもって交友を絶ったわけでもないことは、邪気のないまなざしが教えてくれた。  あらためて見るコハルは、どこか毅然とした美しさを放つ少女に成長していた。 「え?」  トイレに向かっていた僕は、なんと答えていいものかと口ごもった。 「高校」 「あぁ、東一高」 「一本?」 「そう」 「さすがだね。じゃあ、あたしもそうしよう」  じゃあ、が何を意味するものなのかはわからなかったけど、ひどく嬉しかったと同時に、不安を持ったことを覚えている。そうしようの一言ですむはずがない。だって、彼女の学力ではかなり無理のある進学校だったから。
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