第1話

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第1話

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。  学校沿いの道を歩く。正門にさしかかると、学校の内部が見える。足早に自転車置き場の方向へ向かう生徒。会話に花を咲かせる先生達。箒で校舎入口を掃く用務員さん。見慣れているはずの光景。それなのに、自分とは異なる世界の光景のように思ってしまう。  どうしてだろう……。 「そういえば、将棋部はどう? 楽しい?」  師匠の質問に、はっと我に返る。隣を見ると、いつものような穏やかな表情を浮かべた師匠が目に入った。 「まあ、楽しいですよ。のびのびやらせてもらってます」  僕がそう答えると、師匠は「そっか」と一言。そのまま特に何かを言うこともなく、歩き続ける。 「……師匠、やっぱり、将棋部には入らないんですか?」  この高校に入学してから何度も聞いてきたことだ。師匠の答えは分かり切っているはずなのに、聞かずにはいられない。 「入らないよ」 「……ですよね」  がっくりとうなだれる僕。  師匠が将棋好きなのは知っている。相当な実力者であることも。でも、師匠は、将棋部に入ろうとはしない。何度聞いても、「入らないよ」の一点張り。 「ちなみに、理由を教えてくれたりなんかは……」 「教えない」  これも、いつも通りの答え。  僕は、これ以上、師匠に言葉をかけることができなかった。  二人の間に沈黙が流れる。すぐ横の道路を通過する車の音が、とても大きく感じられた。  どうして、師匠は将棋部に入ってくれないのだろう。せっかく同じ高校の将棋部として、将棋ができると思っていたのに……。  僕の心の中を、もやもやしたものが支配する。  ふと、師匠が足を止めたことに気が付く。立ち止まり、師匠の方を振り向く。 「師匠?」  不思議に思い、声をかける。  師匠は、とても真剣なまなざしで僕のことを見つめていた。まるで、これから重要な対局でもあるかのように。 「もし、あなたが……」  ゆっくりと言葉を紡ぎ出す師匠。その顔は、夕日に照らされているせいか、少し赤くなっていた。 「あなたが、ずっと私の隣を歩いてくれたら……その理由が分かる……かも」  師匠が少し顔を俯ける。その長い黒髪が、風に優しく揺れる。 「えっと……つまり、これからも一緒に帰っていれば、理由が分かるって言うことですか?」 「…………はあ」  僕の言葉に、師匠が大きなため息をつく。それはもう、今まで聞いたことのないほど大きな。  師匠の様子に首を傾げる僕。  そんな僕を見て、師匠は、少しだけ残念そうだったが、すぐにいつものような穏やかな表情を浮かべた。 「今は、それでいいよ」  そう言って、再び歩き出す師匠。  つられるように、師匠の隣を歩く僕。  傍に植えられている草木が風に揺れ、優しい音を奏でていた。
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