第2話

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第2話

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。 「ふあ~」  昨日、夜更かしをしてしまったせいだろうか。今日は何度も欠伸をしてしまっている。 「昨日、何時に寝たの?」  隣を歩く師匠が、僕の顔を覗き込みながら尋ねる。 「確か、三時くらいだったかと。買った本が面白くて」 「……起きたのは?」 「七時ですけど……」  僕がそう言うと、師匠は呆れ顔を浮かべた。  さすがに、自分でも四時間睡眠が良くないことは分かっている。だが、本が面白すぎるのが悪いのであって、僕は全く悪く……いや、そんなわけないか。 「ちゃんと寝ないと駄目だよ。ボーっとしてて事故に遭うこともあるんだから」  足を止め、僕に向かって言い聞かせるように言う師匠。まるで、子供に注意する母親のようだ。 「……はい、すいません」  師匠に合わせるように足を止めた僕は、そう言ってぺこりと頭を下げた。  そういえば、以前にも同じようなことを師匠から言われた気がする。確かその時は、徹夜で将棋の勉強をして、寝ずに将棋教室に行って、それから……。 「……え……ねえ……ねえってば」 「へ?」  師匠に呼ばれていることに気が付き、慌てて顔を上げる。  目の前には、呆れ顔を浮かべたままの師匠。 「やっぱり、ボーっとしてる」 「あ、すいません。考え事してて」  僕は、パチパチと自分の頬を叩く。 「それで、何ですか?」 「……そろそろ行こっかって言ったの」  その言葉を合図に、僕たちは再び駅に向かって歩き出す。  いつも以上にゆっくりとした速度。もしかしたら、師匠が、寝不足で集中力の欠けている僕に気を使ってくれているのかもしれない。  横断歩道にさしかかった時、ちょうど信号が赤になる。信号が変わるのを待っていると、僕たちの横の道路に、一台のバイクが停車する。ブオンブオンという音が、辺りに響き渡る。 「手……つな……眠気……さめ……かな」  師匠が何かを呟いた気がした。だが、バイクの音のせいで、何を言ったのか、はっきりと聞き取ることは出来なかった。  ちらりと横目で師匠の方を見る。  師匠もまた、僕の方に視線を向けていた。だが、僕と師匠の視線が交わることはなかった。師匠は、僕の腰辺り、丁度、手のある部分を見ていたからだ。 「えっと……師匠?」  僕が声をかけると、師匠は、はっとしたように視線を上に向けた。先ほど交わらなかった二つの視線が交差する。 「な、何かな?」  慌てたように答える師匠。その声は、先ほどとは違い、はっきりと僕の耳に届いた。  既に、信号は赤から青になっている。僕たちの横にいたバイクは、遠くの方でその音を響かせていた。 「さっき、何か言いましたか? よく聞き取れなくて」 「……何も、言ってないよ」 「……そうですか」  僕たちは、横断歩道をゆっくりと渡り始めた。
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