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第6話
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「今日もコテンパンにやられちゃいました……ハハハ」
思わず、僕の口から乾いた笑いが飛び出す。
「あの先輩に?」
いつものような穏やかな表情で僕に問いかける師匠。
無言のまま、僕は頷く。
僕が所属している将棋部は、幽霊部員たちが数名いるおかげで部の体裁を保っている。実際に活動しているのは、僕と先輩の二人だけだ。だから、必然的に、先輩とばかり将棋を指すようになる。今まで何局も指してきたが、全く歯が立たない。
「先輩って、対局に集中してないことが多いんですけど、気付いたら、局面が僕の敗勢になっちゃうんですよね……」
要するに、僕と先輩との間には、大きな棋力差があるということだ。分かってはいるのだが、どうにも悔しさがぬぐい切れない。
師匠は、自分の顎に手を当て、何かを思い出すように上を見ながら歩いていた。
「……集中してないって……話しかけてきたり、読書してたりするってこと?」
その言葉に、驚く僕。
「そうですけど……あれ? 師匠って、先輩が将棋をしてるところ、見たことあるんですか?」
『対局に集中していない』という言葉だけで、先輩の行為を言い当てられるとは思ってもみなかった。
「…………何となくそう思っただけ」
平然とそんなことを言う師匠。
……やっぱり師匠はすごいなあ。
師匠の鋭さに感心しながら、ゆっくりと駅までの道のりを進む。
不意に、生暖かい風がふわりと通り過ぎる。道端に生えている名前も知らない花が、ゆらゆらと踊るように揺れているのが見える。同時に、何とも言えない良い香りが、鼻腔をくすぐる。花の香りだろうか。それとも……。
ちらりと師匠の方を見る。
「……この土曜日、将棋するかい? 先輩に勝つための特訓」
そう言いながら横を向く師匠。
僕と師匠の視線が交わる。突然のことに、僕の心臓がだんだん鼓動を速めていく。もしかしたら、今の僕の顔は、ほんの少し赤みがかっているのではないだろうか。
「あ……えっと、お願いします」
顔をそらし、答える。
「……じゃあ、いつもの時間に、あの場所で」
「はい」
多分、他の人が聞いても、どの時間、どの場所なのか全く分からないだろう。でも、僕たちは知っている。今までずっと、その時間に集合して、その場所で将棋を指してきたのだから。
13時に、町のコミュニティーセンターで。
「師匠、先輩はオールラウンダーですから、いろんな戦型を指してくれるとありがたいです。僕は、基本的に振り飛車しか指せませんけど……とりあえず、頑張ります!」
「……了解」
やる気になった僕を見て、師匠はニコリと微笑むのだった。
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