1.ヒーローは突然に

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焼却炉にゴミを置いて、私たちは教室に戻る。 まだ綾瀬くんの仕事までには時間があるみたいだから、このまま一緒に勉強することになった。 机を向かい合わせにくっつける。 同じ教室にいても、いつもは遠い綾瀬くんがこんなに近くにいるなんて不思議な感じ。 中間テストは5教科。入学して初めてのテストだから範囲もそんなに広くなくて、教科書をしっかり読んでおけば大丈夫なはず。 とりあえず、教科書を順に追ってテスト範囲を復習していく。 「ここまでがテスト範囲だけど、何かわからないことある?」 「さすが藤崎さん、すごいわかりやすかったよ」 「ただ教科書なぞってただけだよ」 「そんなことないって。まとめ方が上手いんだよ。教科書が完璧に頭に入ってないとできないことだよな」 「この辺は特待生試験の範囲とちょっと被ってるんだ。私にとっては2回目だから、みんなより先に勉強してたってだけ」 特待生試験だけあって、入試のレベルはかなり高かった。 芸能活動をしてる子たちの入試とはだいぶ違ったらしいから、私だけ先取りして勉強してたようなものなんだよね。 「藤崎さんって、なんでうちの学校入ろうと思ったの?」 綾瀬くんが首を傾げた。 あんまり自慢にならない理由だけど、隠すのもおかしいよね。 「特待生って、入学金も学費も免除で制服まで用意してもらえるの。うちは母子家庭で妹も弟もいるから、あんまりお金が掛からないところに入りたかったんだ」 5年前にお父さんが死んじゃってから、私は自分に何ができるか考えてた。本当は働いてお母さんを助けたかったけど、小学生じゃ働けないし、芸能界なんて私じゃ無理。 唯一できたことは、勉強をすること。 特待生になれば、入学金や学費が免除される学校がいくつかあった。それで1番条件が良かったのがこの学校って、それだけ。 私がそう言うと、綾瀬くんが黙り込んでしまった。 マズい。いきなり重い話しちゃったかな。 それとも、入学金や学費免除が目当てなんて、芸能人としてちゃんと入学してきた綾瀬くんに失礼だったかも……。 だけど、綾瀬くんは顔を上げて、まっすぐと私を見た。 「しっかりしてるんだな、藤崎さん」 「そ、そんな! お仕事してるみんなに比べたら全然だよ。私は歌とかダンスとかお芝居なんてできないから、なんとか勉強だけでも頑張ろうと思って」 とんでもないと両手をぶんぶん振ると、綾瀬くんが頬杖をついた。 「俺、勉強なんて今まで宿題くらいしかまともにやってこなかった。この学園に入れたのだって、ただ芸能活動してたってことと、兄貴が高等部にいるからってだけ。俺ももっと、ちゃんとしないとな」 「でも綾瀬くんだって、勉強を疎かにしたくないって思ったんでしょ? だから私とテスト勉強を……」 「それは口実だよ」 口実? 綾瀬くんがパタンとノートを閉じた。 「勉強、付き合ってくれてありがと。あともう1つ、俺のお願い聞いてもらってもいい?」 「うん、私でできることなら」 「藤崎さんじゃなきゃ、できない」 落ちていく夕陽が、綾瀬くんをオレンジ色に照らし出した。ドラマのワンシーンみたい。 「俺と、付き合ってくれませんか?」 「え……」 「キミが好きだ」 夕陽の中で柔らかく笑う綾瀬くん。まるで夢を見ているようだった。
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