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Terra-Cottaで席に着くなり、咲弥くんが注文したオレンジジュースを一気飲みした。
「あー、なんなんだあいつ! 結來にあんなこと言いやがって!」
「咲弥くん、私なら気にしてないから」
「気にしろよ。ったく、高等部からわざわざ嫌がらせに来たのか」
釣り合わない。
綾瀬先輩に言われた言葉は驚いたけど、あんまりショックじゃなかった。
「私は本当に気にしてないよ。だって、釣り合ってないのは本当だから」
芸能人の咲弥くんと冴えない一般人の私。
釣り合わないことなんて、最初からわかってた。
と、咲弥くんが頬杖をついて視線だけで私を見た。
「だから、そういうこと言うのやめろよ」
冷たい咲弥くんの視線が胸の奥まで届いた。
何も言えなくなった私を見て、咲弥くんも黙り込んでしまう。
でもしばらくして、咲弥くんが「あーもう」と頭をぐしゃぐしゃに搔き乱した。
「ごめん。結來に八つ当たりするとか、最低だな。俺」
「えっ、ううん! 私こそ、ごめんなさい」
「俺はさ」
咲弥くんが、まっすぐ私の目を見る。咲弥くんの瞳はすごくキレイで、まるで宝石みたいだった。
「俺は結來が釣り合ってないなんて思ったことは1度もない。だから、結來もそんな風に思うな」
「咲弥くん……」
ふう、と咲弥くんが肩を落とす。
「兄貴は性格が悪いんだよ。俺のやること全部文句つけてくる」
「咲弥くん、お兄さんと仲悪いの?」
「良くはない。5個も年上だからケンカしても俺が勝てないことわかってて、しょっちゅう絡んでくるんだよ。俺がマジでキレても笑ってからかってくるし」
「兄弟って結構そうなっちゃうよね」
「結來のうちは違うじゃん。ホント羨ましい」
咲弥くんがため息をついた。
私も柚とは5歳差だけど、あんまりケンカしたことはないな。5歳下ってすごく小さい子って感じがするから、ケンカなんて可哀想になっちゃって。樹に対しては、もう自分が母親みたいな感覚だもん。
お店を出ると、目の前の道路に黒い車が止まってた。
「あ……」と咲弥くんが呟くと、車からスーツを着た眼鏡の男の人が出てくる。
「お疲れさま、咲弥くん。迎えに来たよ」
「村岡さん、迎えはいいって言ったのに」
「今日はいつものスタジオと違うとこでしょ。迷子になったら大変だから」
「子供扱いしないでくださいよ」
村岡さんと呼ばれた男の人は、「はいはい」と咲弥くんを受け流した。
「こんにちは」と笑いかけられて、私も反射的に「こんにちは」と返す。
「初めまして。僕、こういう者です」
スーツの懐から取り出した小さな四角い紙を渡される。名刺みたいだ。
『フロリックプロダクション マネージャー 村岡良太』
「結來、この人は俺のマネージャー。村岡さん」
「マネージャーさん!? は、はじめまして。私、藤崎結來です。咲弥くんとは同じクラスで、仲良くさせていただいて」
「うんうん、思った通りマジメでしっかりした子だね。安心したよ」
村岡さんがニコニコと言った。
私のこと、知ってるの?
「咲弥くんから聞いてるよ。恋人のお試し期間、なんだよね?」
「えっ、そ、そうですが……」
咲弥くんが片手で額を押さえる。
「村岡さん、こんなところでそんな話……」
「ああ、ごめんごめん。でもそれ聞いてから結來ちゃんに会ってみたいと思ってたんだよ。うちの咲弥がいつもお世話になってます」
「い、いえ、私の方こそ」
綾瀬先輩とは真逆で、私のこと良く思ってくれてるみたい。ホッとした。なんだか今日は極端な日だな。
「芸能人と付き合うなんて舞い上がっちゃう子が多いから、咲弥くんの初スキャンダルになるかと思ってドキドキしてたんだ。でも結來ちゃんなら咲弥くんに良い影響を与えてくれそうで嬉しいよ」
「私が、ですか?」
「結來ちゃんと付き合い出してから、咲弥くんはますます頑張るようになったんだ。アクションもスタントマンなしで全部自分でやるとか言い出して、夏のイベントも……」
「村岡さん!!」
咲弥くんに咎められて、村岡さんが口を塞いだ。
「結來にはまだ秘密って言ったじゃないですか」
「ごめんごめん。結來ちゃん、楽しみにしててね」
なんだかわからないけど、咲弥くん頑張ってるんだ。
今でも十分アクションしてると思うけど、それ以上のことをするなんて……楽しみだけどケガしないか心配だな。
「でも咲弥くんなんか今日機嫌悪い? あ、桃弥くんにでも何か言われた?」
ピクッと咲弥くんの肩が動いて、村岡さんが「なるほどね」とうなずいた。
「ケンカするほど仲が良いとも言うけど、ほどほどにね。桃弥くんも同じチームになったんだから」
「気が重いこと言わないでくださいよ」
「チーム?」
私が首を傾げると、村岡さんが人差し指を唇に当てた。
「本当は明日解禁だから、内緒にしててね。実はお兄さんの綾瀬桃弥くんも、侍戦士に出演することになったんだ」
綾瀬先輩が侍戦士に!?
咲弥くんが、また額に手を当てて重いため息をついた。
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