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咲弥くんが登校してこないまま、午前中が終わった。
お弁当を食べた後、窓際に座って外を眺める。カーテンが風に広がって私を包み込んだ。教室から遮断されて、1人だけの空間ができる。
咲弥くん、今日学校に来ないのかな。ああ、こういうときにスマホを持ってれば……
「結來っ!」
「わわっ!?」
カーテンの中に入ってきたのは咲弥くんだった。
「咲弥くん、学校来てたんだね。おはよう」
「おはよ、もう昼過ぎだけどな。なんとか午後は放課後までいられそうだよ」
「午前中は撮影? 大変だね」
「朝4時起きで撮影。もうめっちゃ眠い」
ふわぁ~と咲弥くんが大あくびをした。
疲れてるのに、学校に来てるときは授業中に全然寝たりしてない。頑張ってるんだな、咲弥くん。
「今日はみんな侍戦士の話してたよ」
「へえ、悔しいけどやっぱ兄貴の注目度すごいんだな」
普段学校で侍戦士が話題になることはあんまりない。それでもこんなに騒ぎになるんだから、芸能人だらけのうちの学校でも綾瀬先輩は注目されてるんだ。昨日だって、女の子たちに囲まれてたもんね。
「綾瀬先輩、悪役なんでしょ。先輩も侍戦士になるのかと思ったよ」
「そんなんだったらマジで困る。敵対する役なら素でできるから助かったよ」
「でもインタビューでは2人とも仲良さそうだったね」
「事務所から仲良し兄弟ってアピールするように言われてるんだ。でもそれで兄弟共演が増えたら嫌なんだよな~」
ガクッ、と咲弥くんがうなだれた。
兄弟なのにそんなに苦手なんだ、綾瀬先輩のこと。
と思ったら、咲弥くんが「そんなことより」とパッと顔を上げた。
「結來に渡したいものがあるんだ」
「私に?」
咲弥くんがカバンから取り出したのは、3枚のチケット。
「夏休みに侍戦士のイベントステージやるんだ。樹と柚と一緒に見に来てよ」
「いいの!? ステージなんてすごいね、ありがとう。絶対行くからね」
「よかった。慎太郎から鶴屋さんも誘ってもらうことになってるからさ」
「わあ、じゃあみんなで行けるね。楽しみにしてるよ」
夏休みっていっても、うちは家族旅行なんて行けない。
樹と柚にどうやって夏の思い出を作ってあげるかが毎年の悩みどころだった。
でも今年は最大の夏の楽しみができた。テンマの隅谷くんとアイドルの花凛ちゃんも一緒なんて、樹も柚も驚くだろうな。
「最近ずっとアクションの稽古してたのはこれのためなんだ。イベントって言っても、結構本格的にバトルするんだぜ」
「そうだったんだ。咲弥くんのアクション目の前で見られるなんて嬉しい。あ……」
チケットをよく見ると、イベントのタイトルは『侍戦士リュウノスケVS悪鬼幻月! 真夏の大決戦!』と書かれてた。ってことは……
「綾瀬先輩も出るの?」
「……出る」
咲弥くんがめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
「これの稽古と撮影で、ほぼ毎日兄貴と顔つき合わせてんだよ。マジでしんどい……」
「綾瀬先輩は、撮影やお稽古でもあんな感じなの?」
「そりゃ兄貴もプロだから仕事となればマジメにやるけど、合間合間に隙を見てウザ絡みしてくんだよ。すごいめんどい」
そ、それは大変……。
綾瀬先輩、私にはともかく弟にはもっと優しくしてあげればいいのに。
「でもきっと兄弟共演を楽しみにしてる人はたくさんいるよ。幻月の格好してる綾瀬先輩、今日テレビで見たけどすごいカッコよかっ……」
「は……?」
咲弥くんの目が暗く沈んだ。と思った瞬間、肩を抱き寄せられる。
「俺以外のやつのこと、カッコイイとか言うなよ」
耳に咲弥くんの声が流れ込む。
「さ、咲弥くん!? ここ、外から見えちゃうかもしれないから……!」
「結來が兄貴にそんなこと言うからだろ。俺には言ってくれないのに」
「だ、だって……咲弥くんがカッコイイのは、当たり前だから」
「……っ」
そっと見上げると、咲弥くんが赤くなってた。
「え、い、今なんて……?」
「咲弥くんがカッコイイのは当たり前だから、つい綾瀬先輩のことだけ言っちゃったの。ごめんなさい」
「い、いやっ、いい! 別に! 気にしてない!」
パッと私から離れて、咲弥くんがアワアワした。
見たことないくらい慌ててる。
「私、なんか変なこと言っちゃった?」
「違うって! もー、結來ってたまにすごいこと言うよな。天然?」
そんなの言われたことなかったけど、どうなのかな。
と、昼休みが終わる予鈴が鳴った。校庭に出てたみんなが校舎に戻ってくる。
「そろそろ席に戻ろうよ」
「待って、結來」
咲弥くんが窓の淵に手をついた。
「夏休み、イベントと撮影で忙しくてデートする時間ないかもしれない。ごめんな」
「えっ、ううん! 大丈夫だよ。私のことは気にしないで」
「結來って、聞き分け良すぎて俺の方が寂しくなるんだけど」
咲弥くんがふっと笑った。
「結來は、俺といられなくて寂しくないの? もっと一緒にいたい~とか、ワガママ言わないわけ?」
「寂しいけど、でもお仕事は大切だよ」
仕事は大切。それはお母さんをいつも見てるからよくわかってるつもり。
だから私にできることは、応援をすること。
「私も咲弥くんと一緒にいたいよ。でも樹みたいに侍戦士を楽しみにしてる子供たちがたくさんいるんだから、頑張ってほしいの」
「結來って、マジで大人だよな」
「私はまだ子供だよ」
私たちの笑い声に、チャイムの音が重なった。
「デートはできないけど、その分イベントめちゃくちゃ頑張るからな」
「うん! 咲弥くんのカッコイイ姿、バッチリ見に行くからね!」
「ちょっ、だから不意打ちで言うのやめろって」
咲弥くんの照れてる顔、なんかかわいいなぁ。
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