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16.エピローグ
明日から新学期、夏休み最後の日だ。
今日はお母さんもお休みで、柚の宿題を手伝ってる。
「あーあ、もう夏休み終わりか……」
「ほら、柚。早くやらないと計算ドリル終わらないわよ」
「わかってるよ~」
憂鬱そうな柚の前で、1人ご機嫌なのは樹だった。
朝からずっとリュウノスケごっこをしてる。
「さむらいせんし、りゅうのすけ! おしてまいる!」
「樹、柚が勉強してるから静かにしててね」
私が何度注意しても、樹ははしゃぎまわってる。
仕方ないと言えば仕方ない。今日の放送でついにリュウノスケが幻月を倒したんだから。
綾瀬先輩は、もともと夏の期間だけの出演だったらしい。けど、子供たちと一緒に見てるお母さんたちの人気がすごくて、また復活する可能性もあると咲弥くんが嘆いてた。
ルルル……と電話が鳴る。
「私が出るね」と廊下の電話を取りに行った。
「はい、藤崎です」
「あ、結來?」
「咲弥くん!?」
あのイベントの日から、咲弥くんとは会えてなかった。イベントはあの日の後も続いてて、映画の舞台挨拶もあるから咲弥くんは毎日大忙し。
「うわあ、久しぶりに結來の声聞けた~」
そう言った咲弥くんの声が、ちょっと掠れてる。
「咲弥くん、声大丈夫? 風邪引いたの?」
「ああ、これは平気。声変わり中みたいなんだ」
声変わり。そっか、男の子だもんね。
「今、雑誌撮影の休憩中なんだ。全然結來と会えてないから、声だけでも聞きたくて」
「でも、明日の始業式は来れるって言ってなかった?」
「そうだけど、後1日が待てなかったんだよ」
低くなりかけた咲弥くんの声が耳に届いた。
イベントも映画も立派にやり遂げて、咲弥くんが大人に近づいて行く。
「私も、咲弥くんの声聞きたかったから嬉しい」
「マジで? ホントに……」
咲弥くんが言いかけると、遠くから誰かの声が聞こえた。「うるせーな、わかってるよ」と咲弥くんが電話の向こうで誰かに叫ぶ。
「ごめん、今日の撮影兄貴と一緒なんだ。休憩終わるから早くしろってうるさくて」
「あはは、呼びに来てくれたなんて優しいじゃない」
「いーや、あれは絶対嫌がらせだ。まだ時間あるってのに」
しばらくお互いの他愛もない話をしていると、あっという間に時間がきてしまう。
「じゃあな、結來。声聞けてよかった」
「私も。咲弥くん、撮影頑張ってね」
「おう、また明日」
受話器を置こうとして、もう1度だけ耳に当てる。
「咲弥くん」
「ん? どうした?」
「電話も嬉しいけど……早く、咲弥くんに会いたいな」
「――っ!」
それだけ言って、電話を切った。
リビングに戻ると、柚が計算ドリルから顔を上げる。
「お姉ちゃん、電話咲弥くんからでしょ?」
「ちょ……っ、柚!」
「あら、結來のボーイフレンド?」
「そうそう! すっごいカッコイイ男の子なんだよ!」
柚ってば~、完全にお母さんにバレちゃったよ。
お母さんが嬉しそうに聞いてくる。
「どんな子なの?」
「えっと……カッコよくて、優しくて……ヒーローなの」
「ヒーロー?」
「お姉ちゃんの彼氏、侍戦士リュウノスケやってる子なんだよ」
驚いてるお母さんに、私は曖昧にうなずいた。
リュウノスケくんはみんなのヒーロー。
だけど、咲弥くんは私だけのヒーローだから。
おわり
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