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4.「好き」の理由
学校の中庭には、ビオトープがある。
ベンチも置いてあって、休み時間には人がいることも多けど、放課後は誰もいない。
校舎に寄りかかって池をぼんやり見ていると、鯉が静かに泳いで水面が揺れた。
休み時間、突然綾瀬くんから「放課後中庭に来て」と言われた。
理由はわかってる。告白の返事を聞かれるんだ。
まだ私の心は決まってない。
だって、綾瀬くんに聞かなきゃいけないことがあるから。
「藤崎さん」
ドキンと心臓が跳ねる。いつの間にか綾瀬くんが立っていた。
「ごめん、待った? マネージャーから連絡来ちゃって」
「ううん、大丈夫。今来たところ」
綾瀬くんがゆっくりと私に近づく。
距離が縮むたび、心臓の鼓動が速くなった。
「この間の返事、聞かせてもらえないかなと思って」
「……その前に、私も綾瀬くんに聞きたいことがあるの」
「俺に? なんでも聞いて」
「どうして私に、告白してくれたの?」
綾瀬くんの顔を見られない。でもそんな私を、綾瀬くんはじっと見つめている。
「藤崎さんのことが好きだからだよ」
何度言われても慣れない言葉。嬉しさと一緒に不安が襲ってくる。
私は今まで告白されたことなんてない。これからだってないと思ってた。
だって……
「どうして私なの? 綾瀬くんの周りにはキレイな子も、かわいい子もたくさんいるのに。私はただの一般人で、歌だってダンスだって得意じゃない。スタイルだって良くないし、おまけにブスで、なんにも良いところなんかないのに……」
ドン、と私の顔の横に綾瀬くんが手をついた。
綾瀬くんの真剣な顔が目の前に迫る。
「俺の好きな子のこと、悪く言うのやめてくんない?」
え……好きな子、って……私のこと……?
「周りのやつがどうとか、結來が一般人とか関係ない。俺は結來が好きなんだよ」
「綾瀬、くん……」
呆然としてると、綾瀬くんがポケットから、くゃくしゃになった小さな紙を取り出した。
渡されて見ると、それは中間テストの成績表だった。どの科目も平均点以上、高得点が並んでる。
「こんな点取れたの初めてだよ。この前、藤崎さんが教えてくれたおかげ」
「そ、そんな……綾瀬くんが頑張ったからだよ」
綾瀬くんが笑って首を振った。
「俺、ずっと芸能界続けるつもりだったから勉強なんて適当にやっとけばいいと思ってた。でも一生懸命勉強してる藤崎さんを見てたら、芸能人を言い訳にしてる自分が恥ずかしくなったんだ」
「私なんて勉強くらいしかやることないから。綾瀬くんはお仕事忙しいんだから仕方ないよ」
「藤崎さんだって、クラスの当番や先生の手伝い頑張ってるだろ。それなのに、みんなが困ってると助けてくれる。そんな藤崎さんを見てたら……いつの間にか、好きになってた」
綾瀬くんが優しく微笑んだ。テレビで見る表情とは、違う笑顔。
勉強のこととか当番のこととか、そんなところを見てくれてる人がいるなんて思わなかった。別に特別なことをしてるわけじゃないのに。
でも、なんだかすごく嬉しい。
先生やお母さんに褒められたときとは違う感じがする。こんなに胸の奥がキュンとするのは、綾瀬くんに言ってもらえたからだ。
この気持ちが、「好き」ってことなのかな。
でも、私は誰かと付き合ったことなんてない。
それに、特待生は成績を落とせないから勉強を優先させないと。家の手伝いだってしなくちゃ。
お付き合いすることになっても、ちゃんとデートとかできないかもしれないよ。
こんな私が、綾瀬くんの彼女になってもいいのかな。
「藤崎さん、大丈夫?」
気づくと、綾瀬くんが私の顔を心配そうに覗き込んでた。
「あ、あのっ、私、綾瀬くんの良い彼女になれる自信がないの。だから、その……」
「自信? やっぱりマジメだな、藤崎さんは。そういうところが好きなんだけど」
サラッと、また綾瀬くんは「好き」と言ってくれる。
「じゃあさ、まずはお試しで付き合ってみない?」
「お試し?」
「ダメならもちろん、途中でクーリングオフしてくれていいから」
クーリングオフ?
思わずふふっと笑っちゃった。
綾瀬くんって、おもしろいこと言うんだな。
ガチガチになってた気持ちが少し軽くなる。私なんかにそこまで言ってくれるなら、私も勇気出してみようかな。
「……じゃあ、お試しでお願いします」
「ホントに? やっっったあああ!」
綾瀬くんが両手を高くあげた。
私と付き合えてそんなに喜んでくれる人がいるんだなぁ。なんだか私まで嬉しくなる。
「お試しとはいえもう恋人なんだからさ、咲弥って呼んでよ」
「さ、咲弥……くん」
私がそう呼ぶと、綾瀬くん……咲弥くんがくしゃっと笑った。
「さっき勢いで呼んじゃったけど、俺も結來って呼んでいい?」
「い、いいよ」
咲弥くんが、私の目の前に顔を近づけた。さっきよりもずっと、近い。
「よろしくな、結來」
これ、本当に現実なんだよね……?
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