明日の天気は?

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昔高校の頃の国語の先生に言われた言葉を、大人になった今でも思い出す。 「好きな人のことは、なんでも知りたくなる。だから、自分が質問攻めされたら、相手が好意を持っている可能性がある。その反対も同様だ。」 当時同じく高校生だった私は、恋愛にとんと無頓着だったからか、この言葉の意味があまりピンと来なかった。クラスで人気者に憧れはしたものの、恋心を抱くまでにはいかなかった。ましてや、相手が昨夜何を食べたのか、現在何にハマっているかなども、どうとでもよかったのだ。 もちろん意中の相手がいなかったわけではない。小学生の頃の話ではあるが、当時の私にとっては、大恋愛をした経験だってある。彼女は私よりも2つか、3つ年上だっただろうか。夏休みに、父方の実家の祖父母の家に2週間近く泊まりに行った時のことである。 毎日満員電車に揺られ、眠たい目を擦りながら、仕事場へと向かう今とは対照的に、あのころの私は毎朝蝉の鳴き声と共に体を起こし、誰よりも先に早起きをしていた。田舎道をあるき、都会での電車や車の走行音に煩わしさを感じることもなく、ただこの世界に自分1人であるかのような感覚を抱くほど、清々しく、静けさであふれた、田んぼ道の散歩を楽しみにしていた。 祖父母の家に泊まり、朝の優雅な散歩デビューを開始してから、8日目の朝であった。昨晩、早朝は小雨が降るので傘を常備しておく必要があると昨晩のニュースでアナウンサーが言っていたが、体が汚れることを気にもならない小学生は、濡れることさえも楽しみの一つとして、いつものようにでかけた。 小雨のせいだろうか、いつもより田んぼの水位が上がっており、いつもの静けさを、都会のノイズの煩わしさとは異質な、カエルの鳴き声が耳に入ってきていた。雨が地面に落ちる音や蛙たちの歌声に乗せられてから、足取りもいつもより早かった。 いつもとは違った散歩に、さらに思いがけない出会いが待っていた。幼稚園のころにジブリ映画にハマっていた私であるが、トトロが大きな葉っぱを傘がわりにしているのを、いつか自分もと憧れていた。そんな憧れていた場面を自分が叶えられる瞬間に出会えたのである。自身の肩ぐらいの高さで、先についた葉の部分は、子供用の小さい傘ほどの大きさはあったのでなかろうか。 大きく心が震わされ、その葉に目掛けて走り始めた。葉っぱを根っこ近く部分から引っこ抜き、汚れることさえ望んでいた先程の自分を否定するように、トトロの傘を差し始めた。猫バスやトトロが目の前に現れてくれないか。これは流石に贅沢なお願いだってあろう。しかしながら、ノンフィクションのこの世界において、そんなことが訪れるわけはなかった。そんなことあるわけないか。 そう思う自分をクスッと笑った矢先に、田んぼ道を歩き進めていくと、目の前から近づいてくる何者かに出会った。1人の、私よりも2〜3つ上くらいの女の子であった。この早朝の世界に、私を除いて人類が存在していたのである。私の存在に気づいた彼女の方も、突然の生き残りに困惑を隠せていないようであった。しかしながら、お互いにそんな動揺はすぐに消え去った。我々は、恋人同士が持ち物を揃えるか如く、トトロの傘をお互いに天向かって広げていたのである。 恥ずかしかったからなのか、お互いに名も教えず、挨拶もせず、沈黙が続いていたが、お互い同じ方向に肩を並べながら同じスピードで歩いた。彼女もそう思っていたのだろうか、先ほどまで歩いていた1人の散歩道とは違った心地よさと高揚を感じた。 この世界の生き残りである2人で、30分くらい歩き続けると、二手に分かれる道に出くわした。別れ道の5メートルあたりから、彼女は小走り気味に前に進み、別れ道付近でこちらを振り返った。 「わたし、雨ってすっごく大好きなので。普段見ているものとは全然違うものに出会える。川の魚も、田んぼの蛙、咲いてる花も、みんな雨で嬉しそう。色んなものに出会えるの。みんなが知らないものを私だけが知っているみたい。」 続けて彼女はこういった。 「やっぱり雨の日はすごい大好き。きみにも出会えたんだもん。こんなにすっごいドキドキした探検は初めて!また、次の雨の日に一緒に歩こうね!ありがとう!それじゃ、またね!!」 彼女はそう言い終えると、私が帰るべき祖父母の家とは反対方向の道を進んでいった。彼女の姿が見えなくなるまで、鳴り止まぬ心臓の鼓動を押さえつけながらも、反対の道を見続けた。 今度は、あらかじめトトロの傘を携え て、彼女との2人だけの世界を散歩しよう。そう心に近い、帰路についた。 結局、都会の家に帰るまでの間、雨が降ることはなかった。 大学を卒業し、社会人になったが、今でも、彼女にまた会えないだろうかと、ふと思い出すことがある。 明日は雨が降るだろうか。 彼女は今でも、雨が好きなのだろうか。 あの雨が好きなのといった笑顔をしているだろうか。 いまもあの田舎にいるのだろうか。 何をしているのだろうか。 「好きな人のことは、なんでも知りたくなる。だから、自分が質問攻めされたら、相手が好意を持っている可能性がある。その反対も同様だ。」 高校生だった頃の私は、いまいちピンと来なかったが、あの先生がいっていたセリフが蘇る。
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