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コボ(ルト)ちゃん
祖母が死んだ。
その知らせが届いたのはニュースでお花見特番を見ていた時だった。
「桧山 静香のお孫さんの、桧山 椋一さんですね」
「は、はいそうです」
祖母の訃報が届いてから三日後の今日、住んでいるアパートに黒服の男性がやってきた。数は二人。
一人は弁護士を名乗り、もう一人はとある世界的複合企業の幹部と名乗った。
「この度は突然の訃報、ご心中お察し……」
「あぁ、どうも」
こういうのは全く慣れてないのでどう反応すればいいのか困る。早速と言わんばかりに弁護士の人が確認を兼ねた質問をしてくる。
「君はまだ学生……なんだよね?」
「はい」
「学校は今年から通信制の高校に通っている。で合ってるかな」
「まあ」
「プロフィールは確かのようだ」
「そのようですね」
弁護士と幹部の人だけが何か通じ合っている。どこか不穏なものを感じ取った椋一はおそるおそる二人に目的を尋ねる。
「えっと、どういう事でしょうか? というかお二人共慰問に来たわけじゃないですよ、ね?」
「察しがいいですね」
「静香さんによく似てらっしゃる」
「では弁護士の私から端的に申し上げます」
そう言って弁護士は鞄から小さな封筒を取り出し、中の紙を椋一へと手渡した。ざっと目を通したところ、それは相続に関する書類のようだ。
「これは」
「ふむ、お亡くなりになった静香さんの遺言でね、持っている土地を君へ相続させるというものだ」
「な、なるほど……弁護士がきたのはそういう事か、じゃあそちらは」
「我が社は静香さんとビジネスパートナーでして、僕がきたのはその辺の諸々を話し合いたかったからなんだ」
都会から大きく離れた場所にある田舎町の更に外れにある森、そこが祖母の住む土地だった。祖母は森に住み、森を管理するのが仕事だった。彼等が来たのはその事について話し合いたいからか。
「もしかして僕に森の管理を引き継げと?」
「有り体にいえばそうだ」
「俺まだ中学卒業したばかりですよ?」
「とりあえずアルバイトという形でウチの会社に所属すれば問題ない」
「両親が許可しなければ」
「そこは我々が話す。君はどうしたいかな?」
しばし、考える。祖母はゆったりした森の中で静かに暮らしていた。仕事内容はよくわからないが危険は無いだろう。むしろあれば遺言で相続させないだろうし、こうしてこの二人が来ることもあるまい。
「わかりました。両親がOKと言ったらで」
「決まりだね、流石は静香さんのお孫さんだ。その意思の強さと力強い目、よく似ている。では詳しい説明をしようか、よければ上がらせてもらってもいいかな? 玄関で話すには少々長い話になるのでね」
「ええどうぞ、今お茶を淹れますね」
椋一は二人のお客様をリビングに通して座布団を出して座らせた。冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して来客用のコップに注ぐ。
卓袱台にコップを置いて、椋一は二人の正面に座った。
「さて、では仕事の話をしようか」
――――――――――――――――――――
一週間後。
突然ですがここは森です。
親の認可がおりたので森の管理人になる事となりました。ゆえ、実家を出て森に住む事になった。荷物は業者に頼んで明日持ってきてもらう事になっている。
電車に揺られて七時間、更に駅についてからはバスに乗り、都市部を出て田園風景広がる村で降りる。その後三時間ぶっ通しで歩いている。
「つ、疲れた」
森を道沿いに歩く椋一、幸いな事に歩きやすいよう舗装されている。
「こりゃ断然自転車がいるな」
森に入って約五分、やや開けた所に出た。そしてそこには目的地だった家がある。
子供の頃に来た時と変わらない木組みの家、いや少し変わったところがある。
「スロープが付いてる。バリアフリー化がされているのか」
扉を開けて中に入る。既に日は沈みかけているため部屋は薄暗い。扉横に照明のスイッチがあったので点ける。
良かった。電気は通っている。
中に入ってすぐにリビングがある、ソファにテーブルにテレビ、隣のフロアはダイニングだ。前に住んでいたアパートよりでかい。
掃除が大変そうだなと思いながら、椋一は小姑よろしくテーブルに指を滑らせた。
「あれ? 埃が無い。誰か掃除してくれたのかな」
とりあえず寝よう、クタクタだ。今寝たら二十一時ぐらいには起きられるだろう。
ソファに倒れ込んで誰にともなく「おやすみ」と言って寝た。
誰かが応えた気がした。
――――――――――――――――――――
目が覚めたら朝の九時だった。
夜の九時ではない。
「マズイ、寝すぎた、頭が痛い。ん?」
ふと体にちょっとした重みを感じた。この妙な安心感、毛布だ。それも冬用の分厚いやつ。
「いつの間に毛布なんか被ってたんだろう」
ゆっくりソファから立ち上がり、洗面所に向かう。記憶の通りならトイレの隣だった筈。
「風呂の隣だったか、あれ? ここも綺麗だ。ひょっとして誰かいるのか?」
ひとまず顔を洗って、髭を剃る。
洗面所から戻ると椋一は更に驚きに包まれた。
「えっ? これ朝ご飯か?」
白いご飯に味噌汁、ししゃもの塩焼きとキャベツの千切りがリビングのテーブルに並べられていた。
「何で……誰かいるのか!?」
「コボ!」
返事がした。辺りを見回すが人の姿が見えない。
もう一度叫ぼうとした時、ふとズボンを何かに引っ張られた。
足元を見るとそこには人……いや人のようなものがいた。
「なにこいつ」
形は人、大きさは一メートル弱、服は着ておらず体毛は無い。頭が異様に大きく目がクリっとしている。岩のような皮膚を持つそれは人では無かった。
「お前、何だよ」
「コボ?」
その小人は首を傾げた。
「その子はコボルトです。家を守る妖精ですよ。日本で言うと座敷童子のようなものです」
椋一の背後から若い女の声がした。振り向くと綺麗な女性が立っていた。腰まで届く赤みがかった茶髪、出る所はハッキリ出てメリハリのある体付きをしている。
美人だ、とても美人だ。
「あ、あの君は誰? ていうかどこから入って」
「申し遅れました。私の名前はアヴェリウス・ライアススリーといいます。アヴィーと呼んでください」
「あ、えとじゃあアヴィーさん」
「アヴィーです」
呼び捨てにしろと? 初対面の女性にそれはハードルが高い。高鳴る心臓を感じながら彼女の名を呼ぶ。
「アヴィー、君は何者なんだい?」
「はい! 私はフェイです。新しく管理人に就任した椋一さんの補佐を担当する事になりました。いわば秘書ですね」
「はあ」
ああ秘書ね、頼んだ覚えは無いけど。ひょっとしてあの時の幹部が気を利かせてくれたのだろうか。
そんな事より気になるものが一つある。
「ところでアヴィーさん」
「アヴィーです!」
「アヴィー、君の後ろにある窓が不自然に丸く切り取られているんだけど、もしかして」
「私がやりました! テヘッブフォォォォ!」
アヴィーはテヘッと可愛くウィンクして微笑んだ。直後さっきまで黙っていたコボルトのドロップキックがアヴィーの横腹に炸裂した。その後マウントを取って拳をアヴィーに打ち付ける。
あまりにも容赦がない。
「い、痛い。痛いです」
「流石家を守る妖精コボちゃん、あっコボちゃんって呼んで良かったか?」
「コボ」
コボルトことコボちゃんはグッと親指を立てた。コボちゃんでいいらしい。
「だって一回ぐらいやってみたかったんだもん。泥棒みたいな事ああ待ってコボちゃん! お願いやめて殴らないで痛いから!」
「もういいよコボちゃん、やりすぎ。何も盗ってないならゆる……盗ってないよね?」
コボちゃんはマウントをとった状態で固まった。アヴィーの答えを待っているのだ。
対するアヴィーは仰向けのまま「フッフッフッ」と不敵に笑った。
まさか。
「勿論盗みましたとも……あなたの、心です! ドヤァ」
ドヤァと口で言い出した。
あぁこの人あれだ、薄々感じていたけど、あれだ。世間一般で言う、口を開けばガッカリ美人。見た目は良いのになあ。
「そ、そんな残念な人を見るような目で見ないで下さいよ!」
事実そうなのだから仕方無い。
話が進まないので、倒れているアヴィーに近付き目線をあわせて本題に入る。
「ところで、アヴィーやコボちゃんって一体何なの? 似たようなのなら会ったことあるけど」
「それは……次話で具体的に話しま、ああ痛い痛い頭グリグリしないで! 話します! 手短に話しますから!」
気を取り直して。
コボちゃんをどかしてアヴィーをソファに座らせる。流石に窓を壊したガッカリ美人とはいえ仰向けのままは忍びない。
「コホン、私とコボちゃんは異界の住人です。いわゆる異世界です」
「やはり異界か、俺も行けたりするのかな」
異世界と聞いて心踊らない者はいないだろう。
「行けますよ。でも普通の人間が行ったら大気中に漂うウイルスにやられて五分で死にますけど」
やっぱり行きたくない。
「それでですね、この森の奥にはその異界に繋がる扉があるのです」
「扉?」
「はい、それは見てもらった方が早いので後で案内します。というか、この辺りの説明されていないんですか?」
「うん、説明に来た弁護士と大企業の幹部からは現地の人に詳しい説明を聞くように言われた」
「全く駄目な人達ですねぇ」
アヴィー程じゃないと思う。
「まあとにかく椋一さんの仕事は、その異界に繋がる扉とそこから来た住人の管理、前者は主に人間が近づかないようにですね。後者は様々な目的でやってきた住人の入界手続きをする事です」
「それってさ、つまり」
「はい、いわば空港を自前で持つ旅行代理店です」
ああ、わかりやすい。
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