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綾ちゃんと二人で数年ぶりに帰ることになったのはいいけど、特に話すことなく無言で帰宅までの道のりを歩く。
例えば、向こうでは何してたのとか、何か変わったことあった? とか、前髪切った? とかいろいろ話すことはあるのかもしれないけどさ。何故か無言だ。
綾ちゃんも一緒に帰ろうっていうくらいだから、何か話すことあったんじゃないのかと考えてしまう。真意はわからないけど。
ここは一つ、僕から話を切りだすべきか……?
眼鏡のブリッジをクイっと人差し指で押し、意を決して口を開く。
「あの、綾ちゃん。前の学校でダンスだっけ、やってたって言ってたけど」
「ん、そうだよ。私が向こうに引っ越して中学一年の頃に始めたの。透ちゃんも何度か見たことあるんじゃないかな、ほらHIPHOPとかの」
「あぁ、ダンス部がよく踊ってるやつ?」
「そうそう、アレのことだよ」
「じゃあダンス部に入るんだ?」
「それが悩んでるんだ、一応クラスの金沢くんって男子に誘われたけどね」
金沢くんってば、いつのまにか綾ちゃんのことを勧誘していたのか。僕がソシャゲに夢中だったのもあるとは思うけど、全然気が付かなかったよ。
「透ちゃんは部活入ってないの?」
「特には入ってないかな」
早く家に帰ってアニメとか観たいし、同じく部活に入っていないやっさんとゲーセンやら本屋やら行きたいしね。
「そうなんだ……あ、じゃあさ。どうせだったら一緒にダンス部入る?」
「え……あー、いや遠慮するよ、僕なんかどうせ踊れないし」
「わからないよ? 意外と才能あったり?」
ニシシと笑う綾ちゃん。
……今一緒に帰って初めて顔を見合わせたけど、身長は綾ちゃんの方が高いのか……。
「うーん、でもそもそもの話、僕はHIPHOPだっけ、そういうの踊ったことないからね。体育でいずれそういうの踊るって聞いたけど、まだやってもないし」
「そっか、そうだよね……。そっかぁ」
「そうそう、そうなんだよね」
○○○
「とりあえず踊ってみよう!」
動きやすそうなTシャツとスウェットに着替え、長かった後ろ髪はポニーテールにしてまとめた綾ちゃんが嬉しそうに言った。
対して僕は制服のブレザーを脱ぎ、ネクタイを外したワイシャツと学生服のパンツ。学生ズボンって言うんだっけ、まぁそれなりに動きやすい格好ではある。
え、なんでこうなった?
僕は話の流れ的に断ったつもりだったんだけど、いつから綾ちゃんはこんなに押しが強い子になったんだ? 僕の記憶ではすっごい泣き虫だった覚えがあるんだが。まぁそれも今日までは忘れていたんだけどさ。
「いやとりあえず、って言ってもさ……」
肩を落とし、辺りを見渡す。
広さは大体六畳くらいの部屋。棚には何かしらのトロフィーがいくつか置かれ、僕の身長より大きな鏡が二枚壁に取り付けられており、フローリングである床には高そうなスピーカーが鎮座している。
「せっかく私の家に来たんだから、軽く踊ってみよう? 私教えるからさ」
そう、そうなのだ。ここは綾ちゃんの家の一室なのだ。
自己紹介の時には言っていなかったが、綾ちゃんの両親はどこかのライトノベルみたく両親が海外赴任することになり、それについていくのを拒否した綾ちゃんは母方の祖父母の家に住むことになったらしい。
ま、それで東京からこっちに戻ってきた、って感じみたい。
「でも大きな音出したらお爺ちゃんお婆ちゃんに迷惑なんじゃないのかな?」
「大丈夫大丈夫、ここ昔お母さんが習い事のバイオリン弾くために改装した防音室ってやつらしいから」
「え、すご……」
僕の驚きを若干スルーしつつ、綾ちゃんはスマホで音楽を再生する。あの床で存在感を放ってるスピーカーはBluetoothで繋がっているようで、軽快な音楽を吐き出し始めた。
アニソンとかしか聴かない僕にとっては中々に馴染みのない雰囲気の曲だけど、初めて聴く人でもよく聴けばリズムが分かりやすいって言うか、自然とつま先でリズムを取れる感じ。
軽く首を回し、そのまま流れで肩を回した綾ちゃんは軽く息を吐く。
両膝を曲げたり伸ばしたりしているのは多分リズムを全身でとっているんだろう。リズムをとりながら綾ちゃんの全身は大きく右、左とメトロノームのように揺れている。
音楽とタイミング合わせて左足を右足の前にかけてそのまま大きく左回りで一回転。
そして踊り出した。
もちろん僕はダンスなんてほとんどやったこと無いし、実際の人が踊ってるのなんて何かしらの踊ってみたの動画を見たくらいの知識しかない。
高校のダンス部のダンスとかはそもそも見る機会も無かったし。
まぁだから、こんな間近で誰かが踊るのを見たのは初めての経験なわけで。
なんか凄いなと思ったよ。
身体の部位をそれぞれ独立させて動かしたりとか、ドラムのスネアってやつ? アレに合わせて細かく動いたりとか。
素人目で見てもなんだか簡単そうな動きばっかだなぁ、とか思っちゃうけど、なーんか曲にハマってる感じ。
「あんな自由に踊れるなら、さぞ気持ちいいだろうな」
僕の呟きは音楽にかき消され、綾ちゃんはその呟きに反応することなくしばらく踊り続けた。
○○○
「で、透ちゃん。どうだったかな?」
「いや、どうって言われても、凄いねとしか」
「えーもっと何かない? あそこ凄かった! とかは?」
「踊ったけどない人はこのくらいのコメントしか出ないって」
今現在、丸々一曲分を踊り終えた綾ちゃんはタオルで汗を拭きながら僕に話しかけてきた。
スピーカーは音楽を流さずに黙っているからか、室内はシーンとしている。
「そもそもさ、綾ちゃんはどうしてダンスを始めたの?」
「え、私? えーとね、最初は軽い感じだったよ? 引っ越しして、何か習い事したいねって話にお母さんとなって、たまたまTVの音楽番組で踊ってたからじゃあダンスで。みたいな」
すっごい適当でしょ? と笑う綾ちゃん。
確かに。そんな理由で始めたのか。
「最初は私も下手で、発表会とかも選抜に選ばれなかったりして。まぁ適当に言って始めたから選ばれなくてもいいや、とかそんな気持ちだったんだけど……選抜に選ばれた人はさ、発表会でスポットライトを浴びて踊り終えたら拍手、歓声。それが凄い気持ちよさそうだったんだよね。
まぁそれで頑張ってみようってなって今に至ります」
「なるほどね」
綾ちゃんは近くにさりげなく置いてあった水の入っているペットボトルを手にとって口をつけ、喉を潤し終えたタイミングで「よし」と呟いた。
「透ちゃんも一緒に軽く練習してみない? 練習って言っても最初だからアイソレーションくらいだけど」
「アイソレーション?」
「さっき私が適当に踊ってた時に、腕だけとか身体の部位だけで動かしてたの覚えてる?」
「あぁ、うん。波みたいにウェーブしてたりしてたやつだよ……ね、っていうかアレ適当に踊ってたの?」
「そうだよ〜、曲に合わせて即興ダンス!」
立ち上がってビシッとポーズを決めた。
アレが即興? とてもそうは見えなかったけど……。
「ダンス踊るときの基礎でね? 胸だけを動かしたりとかして、可動域を広げるんだ」
実践してみるね、と綾ちゃんは片手でお腹のへそあたりを押さえ、胸を張ったり背中を丸めたりを繰り返す。まるで誰かに引っ張られてるように動き、それでいて肩や他の部位はブレずにいた。
「手のウェーブは結構練習が必要なんだけど、アレも一個一個分解するとこんな感じ」
両手を左右にピシッと伸ばし、左手の第一関節を曲げた後に手の関節を曲げる。手首の位置はそのままで肘だけを上に引き上げ、肩を上げる。肩は釣り針に引っかかっているかのように上に引き上げた。
「これを今度は逆にして、右手でやる。これを流れでやるとさっきのウェーブが出来るんだよ」
「へぇ……」
なんとなくで僕も真似してみるが、これがなかなかに難しい。手首の位置を動かさずに肘を動かしたりとかに若干手間取っちゃうし、上手くできても流れでやってみるとカクカクしちゃって、自分で見てもダサいと分かる。
「まぁ最初はそんな感じだよ、もうちょっと練習してみよう!」
綾ちゃんは屈託のない笑顔でそう言った。
でも、そのウェーブっていうの? それってダンス初心者にはまあまあ荷が重い気がするんだけど、どうなんだろうか。
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