踊るオタクくん

ラノベみたいな再会

　家に帰り、シャワーを浴びてご飯を食べて、あとは寝るだけとなった暇な時間。普段ならアニメを観るとかゲームをするとかそう言う時間なんだけど、今日はなんとなくパソコンを立ち上げてスマホでも帰るときに使っていた動画サイトを開く。

　そこで帰宅途中と同じように曲名も歌詞も分からない洋楽を適当に流しつつ、部屋の姿見鏡の前に立つ。

「えーと……」

　さっき無理やり踊らされた時に綾ちゃんが言っていたことを思い出しつつ、胸に手を当てる。
　胸を上に出すイメージで動かす……。逆に後ろに引くときは下に引っ張られてる感じで、だっけか。

　いやー、これをしながら肩は動かさないようにってのが難しい。

　動かしてるときは肩は微動だにしてないんじゃないかって思うけど、鏡を見たら一目瞭然なくらい肩が動いてる。

「綾ちゃんは肩全く動いてなかったからなぁ」

　首のアイソレーションだっけ、アレもかなり難しい。今までこう言う体の使い方をしてこなかったからって言うのもあるんだろうけど……。

　首以外を動かさないようにしつつ前後ろに動かして、そのまま左右はインドのダンスっぽく動かす。
　最後はゆっくり一周させ……る。

「あぁクソ、ダメだ……動きがぎこちないし、肩がやっぱり動いちゃう。ってか胸より首を先にやるべきだったか？」

　ため息を吐いて首を大きく一周させる。
　基礎は何度も数をこなしてこそ、反復練習。って言うのはわかってる。fpsも似たように反復練習してたからなんとなく分かってるつもりだったけど。

「できないって、嫌な感じだ」

　綾ちゃんも本気でダンスに取り組み始めたときは同じような気持ちだったのだろうか。
　とりあえず、毎日十分だけでもいいから基礎練はやっておくことにしよう。綾ちゃんとまた踊った時に残念がられないようにだけはしておきたい。

　ベッドに倒れ込み、目を瞑る。
　特に何も考えていないと綾ちゃんが即興で踊っていたダンスとアイソレーションの説明をしている姿が脳裏に浮かぶ。記憶を頼りに練習するにしても限界があるような気がする。

「……あ、そうだ」

　勢いよく立ち上がって、ベットを離れて机に動画サイトを開きっぱなしのパソコンを触る。

　このインターネット社会、動画サイトに練習動画とかあったりするんじゃないか？　もしあるなら最高の教材が近くにあるわけだけど。ってかあるだろ、fpsの動画とか格ゲーのコマンド動画とかあるんだから。

　ダンス　練習　初心者と検索欄に打ち込むと、案の定あった。
　アイソレーションも技、っていうんだろうか？　特定のダンスについても動画はあるし、なんならジャンルごとのダンスもある。

「もう少しやってみよう」

　そう小さく呟いてから動画を開き、基礎の練習をすることにした。
　流れている動画は一連のアイソレーションと一緒にリズムトレーニングについて説明している。

　どうやらダンサーっていうのは踊っている最中にも身体のどこかでリズムを取り続けているらしい。
　リズムっていうのは大きく分けて２つ、アップとダウンに分けられてて、アップで膝を伸ばし、ダウンで膝を曲げる。それだけ。
　そういえば綾ちゃんも即興で踊ってた時に膝でリズムを取っていたな。

　動画のお手本と一緒にアップダウンの練習をする。
　これは簡単……と思ったけど、どうやらダンスっていうのはかなり一筋縄じゃいかないらしい。

　やってみて分かったけど、長い間キープするのは意外と体力的にキツいし、早いテンポの曲だとどんどんズレてリズムが崩れていく。

　こうなってくるとズルズルと悪くなっていく。動画のダンサーと違うのが鏡を見なくても素人目にも分かるし、なんだかロボットみたいな感じがある。こう、カクカクしてるっていうか……滑らかに動けてない。無理してついていってる感が拭えない。

　一回アップダウンの練習を中断し、その場にしゃがみ込む。ものの数分だけど若干息が切れてるし呼吸を整えることにする。

「はぁ、はぁ……リラックスしろ、僕。最初は誰も初心者で下手なんだから……見た目とか形とか気にしないで……そうだ、そう。音楽をよく聞こう」

　自分に言い聞かせるように独り言を言ってから、練習を再開してハッとした。
　やっぱり僕、めっちゃダンスに興味持ってるし惹かれてるじゃんって。