隠れ猿飛佐助

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 斯くして佐助に見入られて戸隠山へ連れ込まれることとなった、いい女は、爾来、戸隠山を二度と降りることはなかった。彼女は佐助に強引に導かれ、山奥まで深入りしてしまい、徒でさえ不慣れな山道なのに上級者向きの山なので抜け出す術なぞ持ち合わせているはずもなく狩猟採集にかけては右に出る者はいない佐助を頼りにしなければ生きていけなくなったから佐助と一緒にならざるを得なくなったのだ。勿論、正式に婚約した訳ではないが、これを深山の婚姻という。  これで十三人目だ。つまり一夫多妻を既に実現していた佐助は、それぞれ妻に小屋を作り与え、そこで房事もする。その昔、サンカと呼ばれた山の住人がいたが、あれは放浪民の集団だからあれとは無論違う。それにしても佐助はいつから戸隠山に入り、いつから遁術を身に付けたのだろう。まさか猿から?いやいや俊敏性を養ったのは確かだが、何でも若いのに感心じゃ、素質もあるし是非とも甲賀流遁術を教授して進ぜようと戸沢白雲斎の生まれ変わりだろうか、戸隠神社に身を潜める山神に見込まれて遁術を伝授してもらえたそうだから若い時分に戸隠山に入ったのだろう。そして猿以上の敏捷な動きを見た上で人を辱めることを識域下にする恥知らずの人の目を避け、この世を濁世と見て厭離した経緯を佐助から訊かされた山神は、確固たる倫理観を持たず感受性が鈍い為に人を辱めることを識域下にする恥知らずの卑劣な者に比べれば、確固たる倫理観を持ち感受性が鋭い為に恥を知り恥じ入り世を捨て隠れてしまう者程、殊勝な者はないと鑑定したのだ。  一方、下界の人々は佐助をどう思っていたかと言えば、隠れる天才だし何をやるにも神か仙か妖か、人間とは思えぬ早業だから姿形について何も語れない。戸隠山に入る前の佐助を覚えている者もいない。只、女を神隠しに遭わせる得体の知れないものが存在していることを意識するだけだ。もし、佐助の一挙手一投足を少しでも見られる目敏さがあれば忍者みたいに思うだろうが、如何様そうだから誰も捕らえようにも捕らえられるべくもない。また佐助に攫われた女たちが何処にいるのか杳として知れず、今もって消息不明の儘なのだが、今は何をしているのかと言えば秋の風物詩となっている戸隠高原の紅葉の中で鏡池に倒影する黄金や山吹や茜色に染まり輝く鏡張りの紅葉を陶然として眺め入り酔興に耽りながら艶福の相を漲らす佐助と共に仲睦まじく戯れているのであった。     
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