探偵はどこへ行った?

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「探偵はどこへ行った?」  葛生は部屋に入るなりそう叫んだ。  会議室程度の大きさの部屋の中では警察の捜査員たちが高級な調度品に囲まれながら現場検証をしている。  (しゃが)れているのに覇気を含んだ良く通るその声は、振り向かずとも捜査員たち全員にその声の主の風貌を彷彿とさせる。  トレードマークのトレンチコートで体格の良い身を包み鋭い眼光で部屋を()めつける葛生に、新米刑事である藤が近づく。 「どうされたんですか、警部」  恐る恐る話しかける。葛生は見るからに虫の居所が悪い。 「ああ、剱熊の奴がまた現場をうろついているようでな」  そう言いながら葛生の視線は豪奢に装飾された洋館の一室を精査している。まるで少しの油断で逃げられてしまう抜け目のない動物を探しているようだ。  そして葛生の発言は初動捜査の現場を民間人が歩き回っている、ということを意味していた。にもかかわらず藤は感心し嬉しそうな声を出す。 「え?剱熊さんもう動いてるんですか?こりゃ今日は早く帰れますね」 「…お前なぁ」  葛生は虫の居所が悪い上に苦虫を噛み潰したような顔をする。藤は自らの失言に気づくが既に遅い。 「いくら名探偵だの何だのと持ち上げられてるからって警察が民間人を当てにするんじゃない!」  ドスを利かせて葛生が怒鳴る。藤はびびって縮こまり、部屋中の捜査員が何事かと驚くが藤が怒られているだけと分かるとすぐ作業に戻る。 「いや、そうは言ってもですよ?」  びびりながらも藤は口を開く。藤はおそろしく空気が読めない。 「今までの実績を見てみれば一目瞭然じゃないですか、剱熊さんに任せたら間違いないってのは。剱熊さんの活躍を近くで見てきた葛生警部はよくご存知の筈でしょう?」  確かに葛生は剱熊の能力の高さをよく知っている。葛生の担当することになった事件の現場にはなぜか頻繁に剱熊が居合わせていた。それは偶然である事もあったし、剱熊が探偵として受けた依頼に関係している事もあった。剱熊はそのことごとくで捜査に茶々を入れ関係者から情報を引き出し微細な証拠品を見つけ、時に大胆な機転を利かせ時に素知らぬ振りで犯人の油断を誘い、数々の難事件の真実をつまびらかにした。  その実力を葛生も認めない訳にはいかなかったが、あくまで警察でない人間の力に頼るべきではないという信条を持つ葛生は表立って剱熊を褒めはやすことは決してなかった。だが剱熊の能力を目の当たりした他の人間は皆剱熊が事件を解決するのが当たり前だと考えるようになってしまう。葛生の周囲には警察にも関わらず剱熊の捜査に進んで協力してしまう者すら居る始末だ。剱熊はそれほどまでの才を持つ名探偵だった。
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