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鉄拳制裁
玄関のドアを開けた先に立っていたのは、朝イチで着信のあった伴さん。どことなく表情に困惑が見える。おはようございます、と言った俺におざなりな返事をした後、捲し立てるようにこう言った。
「お前、昨夜仕事終わった後、店の前で何か見なかったか?」
どういうことだ?と、表面的に首を傾げてみる。
いや、わかっている。伴さんが何を聞きたがっているのか。
――――はくだ。はくのこと以外、なにがある。
・・・隠すか?―――今、うまく切り抜けられたら、はくとの時間はまだ続けられる。
いや・・・ムリだ。いつかはバレる。そんなことわかっている。いつまでも隠しきれるわけがないのだ。犬猫ならまだしも、はくはちゃんとした意思を持つ、ひとりの人間なのだから。
「――――ガキを、ひとり、拾いました」
このひとに隠し事はできない。俺は、このひとだけは裏切る事はできない。
悪い事をしたわけじゃない。それでもほんの少し胸が痛むのは、隠そうとした自分に疾しい気持ちがあるからか、それとも。はくを、取られるかもしれないという不安があるからか・・・。
伴さんは驚いたように目を瞠り、それから呆れた様な溜め息を吐いて、無言のまま俺の横を通り過ぎていく。
背後から、「・・・マジでいるし」と、疲れの滲む声が聞こえた。
「――――で、犬猫でも拾う感覚で、家に連れ帰ったのか?」
昨夜自分がしでかした(しでかした、は不本意だが周囲の反応からすればそうなのだろう)出来事を手短に喋らされ、全ては聞き終えないまま、伴さんは明らかな呆れを込めてそう言った。
「・・・実際、犬一緒だったし・・・、寒いだろうなって思ったし・・・」
「普通じゃありえねぇ状況だったろ?常識的に考えりゃ、連れてくとこは部屋じゃなく交番だ」
相変わらずお前は普通がわかってねぇ、と若干憐れそうな口調を向けられ、瞬間的にびくりと身を縮める。――――大概、その言葉の後は鉄拳制裁が下されるからだ。
ゴキッ、と重鈍い音が脳内に響き、次いでビリビリと痺れるような痛みが全身に走る。
「・・・ってぇ」
反射的に頭の天辺を押さえ、その場にべたりと蹲った俺の尻に、追い打ちのような蹴りが入れられた。
「ほんっとにお前は非常識だ、相変わらず。情けな過ぎて涙も出ねぇ」
いや、あんたに涙なんてそんな水分あるわけねぇだろ、と思いつつも口にはせず、長年かけて沁みついた、丸く収めるための言葉をぶっきらぼうに呟く。
「・・・スミマセンデシタ。ハンセイシテマス」
気持ちが籠ってねぇんだよ、とまた軽く小突かれ、それでも盛大なため息の後に伴さんは俺から視線を逸らし、一連のやり取りを強張った表情で見ていたはくへと移す。
「―――おい、ガキ。お前、こいつに何かヘンなことされなかったか?」
「って、するわけねぇだろッ!」
はくに向いていた視線が再び俺に戻り、瞬間、その色が有無を言わさぬ怒りに変わる。
伴さんは「てめぇにゃ聞いてねぇ」と低く圧をかけ、もう一度はくへと問う。
「へんなこと、しない。ふく、きせてくれた。おにぎり、たべた。しゅん、いたくするな!」
怖かったんだろう。犬をきゅっと腕に抱いたまま、まるで俺を庇うように伴さんの前に立ちはだかり、震える声で抗議の言葉を紡ぐ。
「しゅん、やさしい。ぼく、ひろって、あったかくしてくれた。もーちゃんとぼく、しゅん、すき。おまえ、しゅんたたく、きらい!」
小さな体をぷるぷる震わせ、それでも必死に伴さんを見上げて、ウルウルした瞳で睨み付けていた。
「はぁ?」と呆気にとられたおかしな声を出して伴さんははくを見下ろし、その数秒後、何を思ったのか唐突に大声で笑いだした。
その余りの声量に、はくは慄きびくんと肩を揺らして逃げ込むように俺の膝に乗り上げ、腕の中に顔を隠す。俺はその反応に驚きつつ、それでも守るようにふんわり抱え、「大丈夫だからな」と告げた。
「――――伴さん、なんスか急に笑って。はく、めちゃくちゃビビっちゃったじゃないですか」
笑い過ぎてヒーヒー言ってる伴さんに抗議の言葉を向ければ、伴さんは息を整えるように吸う度大きく呼吸を繰り返し、最後、「は~あ」と息を吐き出すと、ニッと、癖のある笑みを俺に見せた。
「俊太郎。お前、ずいぶん懐かれたみたいだな。仕方がねぇから、当面そのガキの面倒はお前が責任もてよ。覚悟しろ~?相当重い手紙がそいつには付けられていたからな。―――――――それにしても、俺に面と向かって“嫌い”なんて言う奴は美律くらいかと思ってたけど・・・、なかなかそいつは見込みがあるな。そのうち美律みたいに俺のこと愛しちゃうかもな」
「はぁ~ッ?」
モテる男はつらいぜ。とかなんとか、訳の分からないことを言いながら伴さんは、「とりあえず、そのガキが落ち着いたらオヤジさんの店に来い。今後の事を話しあうから」と言い残し、呆気なく、けれど色んな謎を残して部屋を去って行った。
――――――相当重い手紙って何だ?
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