ニライカナイのような

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 少女にはかつて、愛した青年がいた。少女は貧しかったが気立てもよく、病に伏す母の病状を(おもんばか)り、朝から夕まで働いた。青年は幼い時分より少女の心の美しさを好いていた。彼女のように清く正しく、父のように気高く一族を導いていこうと決心した青年は、少女の家族と名誉、そして命を守るという誓いを結び、少女もまたそれを誓った。  そのまま幸せな時が過ぎていくかのように思われた。しかし族長の息子であった彼には定められた血族の許嫁がいた。族長はその血を絶えさせぬ為に何人もの妻を娶ることが許されていた。族長は言う。妾が居ても構わない、しかし我らの為に隣の部族の娘と婚姻を結べと。少女のことを一心に想う彼はそれを拒み、族長の働きによって纏まった縁談までも反故にしようとした。それは同盟関係をも危うくさせ、人々から平和を奪い去ることにも繋がりかねなかった。そして一族の者はそのことが明るみに出ぬように、少女を……。  かつて少女は青年を愛した。そして、今も尚。命を投げ出してもいいと思える程に。 「これでよかったの?」 「うん、これでよかったの」  少女は間髪入れずに答える。しかしそれは自分に言い聞かせるようなものでもなく、本心から出たことだった。 「本当に?」 「本当に」  念を押すように、もう一度。その問いにも即答すると、少女は青年のことを想った。  彼は夜明けと共に知るだろう。少女の運命を。そして我が身を呪うだろう。族長の血族として生まれた不運を。少女を犠牲にした一族を。そして誓いを破り、少女を救えなかった自らの不甲斐無さを……。  ……しかし誓いを交わしたのは青年だけではない。少女もまた、交わしたのだ。青年の命を守る為に、全てを捧げると。  あの人が無事ならば、それで。……欲を言うなら、忘れないでいてほしい。それでも願わずにはいられない。もう一度会いたい。どうか、生きていてほしいと伝えたい。もしも魂が鳥の形をしていたなら、あの人の元へ飛んでいくのに。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加