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憧れの空
その日はアレックスさんにポオの生活について教えてもらった。といってもスクールと基本的には変わらずのんびりとした生活で、その日は少しだけ畑仕事のお手伝いをし、お昼を食べ、その後は芝生で昼寝をしていた。僕はみんなに珍しがられ、乾燥肉をもらったり、猫じゃらしでからかわれたりした。アレックスさんはそれを見て自分が人気者になったかのような気分でとても上機嫌だった。
そして、その日の夕方、僕はもう一度トルストロおじいさんのところに行った。ポオについて興味が湧き知りたくなった。
トルストロおじいさんは昨日と同じ場所に座って食事をしていた。僕をみると、「おお、元気そうじゃな。」と迎えてくれた。僕がポオについて聞くとトルストロおじいさんは昔を振り返りながら話し始めた。
「今から、50年ほど前くらいに我々はこの地球にやって来た。ポオは人よりも成長が早く、10歳ころには子供もでき一度に4、5匹産む。それでもって平均70歳くらいまで生きる。我々は病気になっても治す術を知っておるし、争いごとを好まず争いで死ぬようなこともほとんどない。だから、数が爆発的に増えるんじゃ。」
そのため、ポオが生活していた星は徐々に住む場所がなくなり窮屈になり、食べ物や資源も減ってきて少しずつ生活に困ってきた。技術者の試算では、あと数十年経つと死活問題になるとの話だった。そこでポオ達は新たに住む場所を宇宙へと探し求めた。
しかし別の星に移り住むと言っても、その星をすでに支配している生物がいるかもしれず降り立った矢先に食べられてしまったり攻撃されたり奴隷にされては困る。かといって、こちらから攻撃して戦争をするなんて野蛮なことは避けたい。また、その星にある資源、環境、生命などはそのまま最大限生活に役立てたい。それを破壊してしまっては元も子もない。
「そこで技術者が発明したのがこのスプレーじゃ。」
と言うとトルストロおじいさんは例のスプレーを手に取った。
「これは護衛用に開発された個人向けのものじゃが、これの元になっているArBという名の気体はこれの何百万倍にも強く、その気体を少しでも吸ったものは今までの記憶をいっさい失い、その生命が誕生したばかりのいわゆる赤ちゃんの状態になる。つまりその生命が本能だけで生きている状態となるんじゃ。これを新しく生活する星へ大量に散布する。そしてしばらくするとその星の生命が無力化した状態となる。そこに技術者たちが降り立ち、その星の生活環境などを調査し移り住むのじゃ。」
僕は目もまん丸くして聞いていた。
地球はポオが移住した星では4つ目の星らしい。
ポオ達は地球にArBを散布し、数日間宇宙船で待機したのち地球に降り立ったが、その時の地球の状態は他の星と比べ異様な雰囲気だった。地上が見えてくるとそこら中から火や煙があがっているのが分かり、地上に近づくと視界が遮られるほどであった。都市部から少し離れた場所に宇宙船で着陸し、その後地球の状態を探るべく火の挙がっている都市部のほうへ汽車で向かおうとするが、人が使っていた車は道から外れ建物に追突しているもの、ひっくり返っているもの、炎上しているものであふれていた。もちろんその中にいた人は死んでいた。車の炎上が燃え移ったために近くの木々や建物も火事になっていた。その火事に巻き込まれたのか、または同じく事故なのか、道を自転車や歩きで通行していた人たちも多くが死んでいた。
周りを偵察用の飛行機で見渡すと、車に限らず、他の機械も壊れ炎上していた。海のほうでは、巨大な飛行機が落ちた形跡や、船がひっくり返っているのも確認された。
いままでの星への移住ではこのようなことはなかった。なにやらとんでもないことをしてしまったのではと技術者全員心配になった。夜になっても延々と火とまぶしい光があたりを煌々と照らしていた。異様な雰囲気だったという。
「そんな状態だったので、我々ポオは都市部には住むどころか近寄ることもできなかった。都市部から少し離れた場所に山、川、草原、人たちが生活に使っていたと思われる田んぼや農園が見つかり、そこから生活し始めた。ポオは本来自然の中での生活を好む。だからそっちのほうがあっていたんじゃ。
しかしそんな場所でも、夜になると、自動的に明かりがつき道などを照らした。それが我々には眩しく合わなかった。あれのせいで眠れなかったりストレスになった。あれを消そうと技術者が明かりの基が何なのかを調べ片っ端から切った。最初、柱で渡してある上の線を切ればよいと思い切ろうとした技術者の一人が痙攣して大事故になったりもしたよ。それもあって明かりは怖くて誰も触ろうとせん。我々は、明かりや火、機械には全部これを利用する。これもポオが開発した中で文明を大きく変えたものの一つじゃ。」
そう言ってトルストロおじいさんはランプを手に取り、その中にある野球のボールより少し小さめの円柱型の火の棒のようなものを金属の棒で挟んでつかみ僕に見せてくれた。
「これは、いったん火をつけると何年かの間ずっと燃え続ける永久炎というものじゃ。化学系の技術者が言うには燃えているのではなく、中で水素やらが化学反応を繰り返しているとのことだが、わしでも詳しくはよくわからんよ。作った奴は天才じゃな。汽車や宇宙船もそれで動いておるよ。」
不思議なものだった。ずっとオレンジ色に燃え続けている。それでいて形は変わらない。トルストロおじいさんは永久炎をランプにしまうと話を続けた。
「都市部の火災は数日後に徐々に消え、落ち着いたころに技術者が都市部に行った。言葉では言い表せないほどのひどい有様だったようじゃ。その後、技術者たちが徐々に都市部に移り住み研究を始めた。今も研究しておるが我々の想像をはるかに超えて文明が進みすぎており、たまに会う後輩たちの話を聞いてもわからないことだらけだそうだ。地球に降り立った時に事故を起こしていたあの乗り物も動かし方しばらく分からなかった。いろいろ調査しているうちにわかり、技術者の一人が動かしてみたのだが、急に前に進んだかと思うとそのまま壁に激突してしまった。その瞬間、硬い風船みたいなものが四方八方からボンっと出て運転手は身動き取れなくなった。他の技術者がびっくりして乗り物の中の技術者を引っ張って降ろしたが、そのあと燃え始め、しばらくしたらボーンと爆発したそうじゃ。
ひどく驚いて、しばらくの間技術者の中ではあの乗り物のことをびっくりマシーンと呼んでいたそうじゃよ。技術者もそれ以来怖がってあまり研究しなかったようだがやっと安全に乗る方法が分かってきてたまに遊びで乗っている者もいるよ。ただ、乗っているとそのうち燃料切れで動かなくなってしまうようで、燃料が何だかもわからず困っているようじゃった。
最近は、あの明かりのもとで動く冷蔵庫の研究をしとるらしい。永久炎で動かせないかとなあ。あれが動くと、肉を冷やして保存できるから夏場も肉の出荷ができるってなあ。」
「ねえ、人は。人はその後どうなったの。」
「事故で亡くなった人以外は、飢え死にしたり、冬を迎えて寒さに耐えきれず凍死したと言われておる。ほとんどの人は自力で生き続けらず、大半は死んだとのことじゃ。今も生きのこって生活している野人はたまに見かけるがな。
この星に降り立った数日後、どんどん自然に死んでいく人達を見て技術者が人も食料にできないかと調べた。そして食べても問題なさそうだったので食べたんじゃ。そしたらとても美味しかった。そこで安定的な食料資源にしようと考え生き残っていた人を適当な施設で保護し飼育しようと考えついてできたのがあの牧場じゃ。当時はなにかの自然のテーマパークのような場所、あと人たちが勉強でつかっていたであろう学校などを改造してそこへ人を集めて飼育した。牛や豚を育てていた牧場があったので最初はそこで一緒育てたのじゃが環境が合わずダメだった。人用の牧場で育てているうちに人の生態が徐々にわかってきて、それに合わせて牧場も徐々に改造を繰り返し上にあるような施設になった。今じゃそこら中に人の牧場があるよ。ソウイチ君にとっては嫌な話じゃがな。」
まだ、スクールから出て1日しか経ってない。あまりにも想像を超えた世界がまだ信じられないのか、でも、トルストロおじいさんの話は素直に自分の中に入ってきた。トルストロおじいさんの言う通り僕にとっては嫌な話のはずだが不思議と素直に受け入れられた。
ポオにとって人の頭の良さには本当にびっくりしたそうだ。
育てているうちに、ポオの話す言葉を理解し話し始めた。会話できることで気持ちも通じ合うようになった。
その頭の良さを知ったポオ達は、人達がすぐに家畜にされていることに気が付くのではないかと心配になった。あの文明を築き上げた動物達だ。すぐに気が付いてもおかしくない。また、人達は知恵が付くと人同士でもめたり、暴れたり、問題を起こすようになったのを見てその獰猛な性格を恐れるようになった。それで牧場の飼育員は自分たちの正体を知られないように自分たちは人だと偽り、服装などを工夫するようにした。牧場はスクールとして偽り、ポオと人は先生と生徒という関係にしたそうだ。今でも、人を恐れているがために牧場によっては定期的にスプレーを弱めに散布して人を落ち着かせながら育てているところもある。ただ、それだと肉の品質が少し落ち、自然に育てたものに比べて美味しくないらしい。
そんなに僕たちってすごいのか。僕は不思議な時間を過ごした気分だった。
トルストロおじいさんは最後に、
「一度、誰かに都市部に連れて行ってもらうとよい。お前らがどれほどのすごい生命なのかが分かるよ。」
と僕に勧めてくれた。
■
その日から、しばらくはナナおばさんやアレックスさんの下でポオ達と一緒に生活をした。畑の食事だったら一言かけてくれれば自由に食べて良いとのことだったし、食事もナナおばさんに言えばいつでも作ってくれた。スミスさんにお願いすれば牧場で使う予定の洋服や生活必需品を譲ってくれた。でも僕はなるべくそれを最低限にした。僕はほどんど役になっていなく悪い気がした。それでもナナおばさんは「気なんて使わなくっていいのよ。」と常々言ってくれた。僕は少しでも何かの役に立ちたく、アレックスさんにできることがないかを尋ねるがアレックスさん自体もあまり働かずのんびり生活しているだけだった。それがとてももどかしかった。
人食の文化はポオに根付いていた。ある小屋では定期的に丸ごと仕入れた人の解体ショーをしていた。ちらっと見たことがあったが首から上はすでになかった。それを見て知っている人の面影を少しでも感じたらどうしよう、と考えるととてもじゃないが怖くて見ることができない。食事と言えば、人の肉と豚や牛の肉とを細かく切り刻んで野菜などと混ぜて焼く料理もあるらしい。人の骨から出汁を取ったスープなどもあった。当然どれもとても食べる気にはなれなかった。ある日、スミスさんやユアンさんに出会ったときに人を食べるのか聞いてみたが、滅多に食べないとのことだった。牧場で働いたことのあるポオたちは思い出が深く人を食べる人は少ないそうだ。ごく稀に食べるが、その時は天に祈りをささげてから食べると言っていた。なおポオ達も気を使ってくれて、人を食べる時は僕のいないときに限って食べてくれた。
村にはお肉を流通している専門の場所があり、そこで人肉のようなものが置かれているのを見たこともあった。すでに部位ごとに細かく裁かれており、姿かたちが違うのでさほど嫌な思いはしなかったがそれでも抵抗感を覚えた。なお、いまでも脳みそを見たことはない。いや見たくないので見ようとしたことがない。良く探せばあるだろう。ポオ達の大好物なのだから。
人を食べるポオを僕は責められなかった。生活の面倒を見てもらっていることもあったが、ポオ達を観察していると、みんな食事に感謝し一切残さず食べていたし、無用に大量に食べることもなかった。みんな優しく、ナナおばさんが言う通り確かに争いごともほとんどなかった。僕のことを軽くからかうポオはいたけど、僕のことを人だと差別し、嫌がらせや悪口を言うようなポオはいなかった。みんな僕を受け入れてくれた。ポオ達はただ生活しているだけなのだ。そんなポオ達を責める理由などあるだろうか。これが人だったらどうなのだろう。こんな平和じゃないはずだ。
■
僕が12歳になったころ、トルストロおじいさん、スミスさん、そしてなんとトクマ先生と一緒に都市部に旅行した。
トクマ先生とは脱走してから数日後にばったり会った。トクマ先生も僕がポオの村で生活していることを聞いていたようで再開したとき特別驚いてはいなかった。ポオのトクマ先生は先生の時とは印象が全然違って一目見た瞬間なんだか馬みたいだなあと思った。昔、飛行機乗りになりたいなんてことを一緒に話したのを思い出すと、
「今だったら本当になれるかもな。ははは。」
などと答えていた。トクマ先生も牧場の飼育員として働いていることについては少し思うところがあるようで、
「あそこで人と接していると、本当に仲間や家族のように思える時があるから少し罪悪感を感じる時もあるよ。他の飼育員もそれがストレスになるようで辞めたり、なるべく距離を置いて接している飼育員もいるよ。でも、あそこで働いていると新鮮な人肉がその場で焼いて食べれたりするからいいんだよね。希少な部位も食べれるし。」
などと語っていた。僕はトクマ先生の裏表なく適当で明るい性格が昔から好きだ。
その日は朝方村から汽車で出発した。普段生活している牧場下の村はまだ山間部に位置していて汽車で山道をさらに下った。牧場から村へつながる道もそうであったが道の両脇や道自体に雑草が所々生い茂り、枯れ葉、枝など散乱していたため、汽車は慎重に道を下る必要があった。下っていくほどどんどん道幅が広くなり、やがて山を下りきると左右に田畑が広がる大きな道になった。少し行くと大きな川が流れていてその近くの田畑には村にいたよりも多くのポオ達が生活していた。木でできた小屋もところどころあった。昔、人が住んでいた家の扉などを撤去して住んでいるポオもいるとのことだった。ポオ達は今でも定期的に地球に移住して来ているのだという。
広い道を進むと海へと出た。僕たちは海が見える場所に汽車を止め少し休憩した。海は湾になっていて、向こう岸にうっすらと山や森、小さな建物が見えた。海を初めて見た。澄んだ青が広大に続き、一定間隔で静かな音を立て波打つ。心が洗われるようだった。スミスさん、トクマ先生も見るたびに感動するようで、トクマ先生は時折ふぉーんと雄叫びをあげていた。それよりもびっくりしたのが、海に浮かぶ荷物を乗せた巨大な船だった。どうやったらあんなものが水に浮くのか。トルストロおじいさんも見るたびに不思議に思うと話していた。なお船はポオ達が地球に着てからずっとあのままの状態とのことで、おそらく中の人はすでに亡くなっているだろうとの話だ。
海沿いの道を進むと道はまた少し内陸側に入った。右に列車が通る線路が見えてきた。そして少し進むと線路に止まったままの列車がある。あれも今は動かずそのままらしい。植物やほこりで汚れていて中には何やら小さな動物もいるように見えた。たまにポオ達の子供も中に入って遊んでいるとのことだった。村によっては、列車を撤去し線路を有効活用して物の運搬に利用しているらしい。
道を行くと田畑は減り道の左右には建物が点々と建ち並ぶように様変わりした。進めば進むほど建物がどんどん増え、建物一つ一つの大きさも大きくなった。建物のほとんどには目立つ看板が付いているが一切見たことがない文字だった。ポオ達の言語とは違うのだろう。僕は最初ここが都市部だと思っていたが、しかしながらここはまだ都市部ではなかった。建物はところどころ事故の跡があり、ガラスが割れ、ほとんどが植物で覆われ砂埃などで汚れていた。近くの空き地には壊れた車が山になって集められていた。長い年月をかけ、こつこつとポオ達が片づけたのだそうだ。人の遺体も近くの空き地に集め埋めて葬ったとのことだ。なおスミスさんが言うにはこれらのお店からスクールで利用する衣料や玩具、本などを定期的に持ってきて利用しているそうだ。
道を進むと近くに空中にかかるさらに大きな道が見えた。その道への入り口の坂道を上りながらぐるっと一周して合流する。トクマ先生はぐるっと曲がる道がとても大好きだそうだ。一方トルストロおじいさんは少し気持ち悪くなっていた。僕も少し気持ち悪く感じた。まっすぐ進むとやがて道は先ほど見た海にかかる橋へとつながった。辺り一面に青い空と青い海が広がる。今まで見てきた建物、橋、船、上を走る道もすべてそうだが、こんな海にかかる巨大な橋どうやったら作ることができるのだろうか。ポオの技術者たちも想像すらつかないのだという。橋を汽車で進んでいると白いふっくらした鳥が鳴きながら追いかけてきた。遠くに見える向こう岸沿いには高い建物、塔、煙突、円形で回りに4人くらい入れるであろう箱部屋が等間隔についている建物、海にそそぐ川にかかる巨大な橋などが見えた。高い建物が密集している個所がありあれが都市部だと教わった。僕は興奮し胸が慌ただしく鼓動した。
やがて橋を渡りきると、道は、渡る前のそれよりもはるかに大きく密集した建物や看板で挟まれた。道にはところどころに生い茂った木々があり舗装された道の一部から木の根が出ていて亀裂が入っていた。建物の圧迫感のせいか広さの割には狭く感じるほどだった。また建物のせいで日もところどころ当たらず、周りの空も見えないくらいだった。建物は橋の手前と同様に、事故の跡がところどころあり草や砂埃で汚れていた。このあたりの片づけも非常に大変だったのだとトルストロおじいさんは話してくれた。空いた家に住み着いているポオもいるとのことだが、部屋の中は暗く落ち着かないそうで雨の降る日だけ部屋を利用しているのだそうだ。食料は近くの空き地にボウルや野菜を植えたり、川で魚を取ったりしているのだという。ここにも人、牛、豚、鳥の肉が定期的に届くらしい。
都市の中心部に着くと、さらに大きく多くの建物で辺り一面が埋め尽くされた。あまりの高さに見ていて首が痛くなった。数匹のポオが道に歩いているのが見えた。技術者だそうだ。都市部で生活しながら、人たちの遺産を集め、活用できるものがないか日々研究している。しかし機械類に関してはわからないことだらけでほとんど活用できていないそうだ。僕もトルストロおじいさんに連れられ、研究しているビルに入らせてもらった。昼過ぎなのに部屋の中は薄暗く怖さを感じた。ある部屋に着くとポオ達が何十匹もいて何やらいろいろと作業したり話し合ったりしていた。僕もスミスさんも技術者は本当にすごいなと感心して話していたが、トルストロおじいさんが言うには、ほとんどの技術者は趣味で遊んでいるだけだとのことだった。確かに、別の部屋に行くと村と変わらず床にそのまま寝ているポオも数匹いた。
高層ビルの上階にも行った。薄暗い階段で30階くらいまで登り、窓から都市部を見た。
これが人の文明なのか。これを僕たちが本当に創ったのか。あまりの光景に身震いがした。
「本当にすごいものじゃよ。これだけ建物を高層にする必要があったのは、人も我々と同じく住む場所が限られていたからじゃろう。」
「頭が良く、あの競争心があってここまでの文明が築けたんだろうな。我々ではどうやってもここまでにはなれないよ。まあなる必要もないし、なりたいとも思わないがね。」
スミスさんも感心しながら話してくれた。しばらく無言で光の当たったその壮大な建物たちの景色を眺めていた。
この日はそのあと都市部を歩いて見学した。他にも見学しているポオ達がいて僕を見るたびに不思議そうに声を掛けてきた。ここは観光地のようになっているらしい。人々の生活を想像しながら見るのが楽しく、ポオにとっては自分達より文明の発達した生物に出会うのは初めてでとても新鮮なのだそうだ。
その日は適当なビルの一部屋に寝泊まりした。部屋には無駄に大きくおしゃれな家具たちで飾られており落ち着かなかった。
僕たちは数日都市部をゆっくりと見学した。そして数日後、また汽車で村に戻ることになった。
都市部での数日ばかりの生活はずっと驚愕しっぱなしだった。そのため帰りはほとほと疲れ果てていた。
村への帰り途中だった。ふとあるものが目に入った。僕は慌てて大声で「汽車を止めて」と叫んだ。
「ねえ、あっちのほうに行きたい。行けないかなあ。」
運転していたスミスさんはびっくりしていたが、すぐに何だかがわかったようでUターンし指さす方向へ向かった。
そしてそれが見える場所に汽車を止めた。鉄の柵と有刺鉄線の中は、生い茂った雑草にまみれそれが数台通れるくらいの幅広い道があった。雑草でてっぺんのほうだけそれが見えていたが位置を変え見ると全体がはっきりと見えた。
不思議と涙がこぼれてきた。そこには夕日に照らされた白い飛行機が何台も並んで止まっていた。そう、僕がずっと子供の頃、手に持って遊んでいたあのおもちゃと同じ形の。
「本当にあるんだね。本物はあんなに大きいんだね。あんな大きなものが飛ぶんだね。」
泣きながら震えた声で話した。
「みたいだなあ。我々じゃ飛ばし方わからないけどな。我々の飛行機とは随分と形が違うし。」
あの頃をまた思い出した。
早く卒業してママに会いたい。勉強して飛行機を操縦したい。ママとパパと一緒に飛行機に乗って一緒にお月様を眺めたい。毎日あのおもちゃを手に夢を見ながら過ごした日々。あの飛行機のおもちゃはとても気に入ってたのに、ある日いじめっ子にとられてしまった。悔しくて泣きながらトクマ先生と眺めた空に見たのはポオの宇宙船だった。トクマ先生は、あの後、あの飛行機のおもちゃをスミスさんにお願いしたようだったが近くのおもちゃ屋ではなかなか見つからなかったようだ。
「ソウイチは人なんだからあの飛行機運転できるんじゃないか?」
トクマ先生がまた適当なことを言った。スミスさんはその隣で笑みを浮かべていた。絶対無理だ。いや、でももしかしたら本当にできるかもしれない。僕たち人が造ったものなのだから。夕日を浴び朱色に染まった薄汚れた飛行機をしばらく眺めながら昔のように空を飛ぶ自分を想像した。
■
あれから何年が経ったのだろう。僕はもう18歳になった。
脱走した日のことを今も鮮明に思い出す。あの時、僕が少しでも強く、少しでも友達のことを思い、少しでも勇気があれば、あのお兄さんと一緒にスクールに戻ろうとしたのだろうか?今、僕がここにこうやって生きているのは、あの時の僕が本当に弱く、無力で勇気もなく何もできない、そして友達を救おうなんてこれっぽっちも思えなかった愛のかけらもない、最低の人だったからだと思う。
何度もスクールの時のことを思い出した。
そして何度も記憶にないママとパパの夢を見た。
手を繋ぎ、歩き、遊び、でも最後必ず別れていった。
ママとパパはポオに殺され食べられた。その事実を考えるたびに怒りに震える日もあった。
もうこの年であればショウゴ君はもうきっと・・・。リノちゃん、アイナちゃん、メイナちゃんも・・・。
何度もこの年の事を想像し、悲しみに涙する日もあった。
あのときシュン君が無理やり僕のことを連れてかなければ僕も同じ運命だったのだろう。
でもポオを責めることができようか?こんなに僕の事を受け入れてくれているのに。
今、改めて思う。僕の命って何なんだろう。
ポオに食べられるためだけに作られた命。
ポオを除けば、他の動物の命はみな他の何か命の糧になる可能性を背負っていることは事実。ポオとの大きな違いはそれだけだ。
そして僕はなぜかこうやって生き続ける権利を与えられたのだ。だからいいんだって、自分だけ生き続けていることに罪を感じるたびにそう自分を励ました。
幾度も一人ぼっちになると不意に悲しくなり、何度か死のうかとも思った。僕だけ生きていていいのかと思った。
食べられるだけの命。果たして本当にそうなのだろうか?
スミスさんが言っていた。牧場でお前たち人と生活していて心が温かくなる時が沢山あった。だから僕は食せないと。
僕たちの命だって何かを与えることができるはずだ。
ある日、トルストロおじさんに気持ちを打ち明けとき、トルストロおじさんは
「ソウイチ。自分が弱いことを認められるものが真に強いものだ。ソウイチは決して弱くなんかない。生きているんだ。生きていればそれでいいじゃないか。」
と言ってくれた。
またある日、スミスさんも僕が一人で泣いているのを見て、謝りながら
「これは、我々ポオの責任なのかもしれないな。我々は君たちの星を奪った。そのためにできてしまった歪は我々が考え、修復しないといけないのかもな。
ソウイチと数年この村で過ごしているが共存できている。別の歩む道があるのかもしれない。」
と言っていた。しかしこう付け加えた。
「我々ポオは人を恐れている。なかなか難しいかもしれないが・・。」
何かできるはず。
空を見上げると遠くにポオの宇宙船が見える。またポオ達が移住のためこの星に降り立つ。
もしかしたら本当にあれに乗って空を飛ぶことができるかも。
最後まで生きよう。空に光る宇宙船を見つめながらそう思った。
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