幼少クラス 2

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幼少クラス 2

 パパの噂から数ヵ月後、ソウイチ達は男女別々の部屋に引っ越しになった。同じ部屋にいた男3人はまた同じ部屋になった。少し寂しくなった。  パパの噂は3人の心に根強く生き続けた。特に新しい部屋に移動して、男3人になってからのある日の夜にショウゴ君がふと言った言葉が深い影で心を覆った。  「僕たちって、捨てられた子なのかなぁ・・・。」  それを聞いたシュン君はすぐさま否定した。  「ママは僕のことをずっと抱きしめて好きだ好きだ・・って言って育ててくれたんだ。捨てるだなんてそんなことあるものか。」  おそらくシュン君はママと一緒にいた時期を鮮明に憶えてなかっただろう。そうであるに違いないと自分に言い聞かせて話しているようだった。  「だって、外にはママとパパと暮らしてくる人だっているんでしょ。先生だって子供がいる人もいるって言ってたよ。先生はスクールの外で暮らしているんだよ。なんで僕たちはスクールから一歩も出れないし、ママにもパパにも会えないの。」  「重要な、言えないような重要な仕事があるんだよ。」  シュン君は涙を浮かべながら震えていた。  「僕たちもここで勉強して、立派になって卒業して、ママパパ、に再開するんだよ。絶対にそうだよ。」  「そうだよ。僕のママだって、好きだって育ててくれたよ・・」  僕もはっきりと覚えてないママのことを想像し言った。そんなこと認めたくなかった。絶対に否定したかった。  もしもパパがいて、パパが僕たちのことを捨てたからママだけが育ててくれたというのならそこまでは認めたくはないがわかる。でもなぜ、ママまで2年ほど育ててくれたあと、僕たちのことを独りぼっちにするのだろう。先生たちのようにママ、パパと一緒に暮らしている子供たちと僕たちって何が違うのだろう。重要な仕事って言っているけど何年も会えないほどの、僕たちが独りぼっちを強いられるほどの仕事って何なんだろう。本当は仕事なんて嘘で僕たちが捨てられただけではと頭をよぎる。僕は、いいや絶対にそんなことはないと自分に言い聞かせた。    この日の夜は3人ともそれ以上話そうとはしなかった。3人ともそっぽを向き無言で過ごしたが、僕はたまにショウゴ君のほうをちらっと見た。寝ているときの猫のようにまん丸くなっていた。泣いているのかなと思いながらまた僕は外のほうを眺め思いにふけった。晴れの日で三日月と星たちがきれいな夜だった。いつかママ、パパと一緒にこの月を見ながら一緒に3人で寝たいなと思った。そしていつの間にか眠りについた。    翌朝、シュン君は意外と明るかった。  「僕、早く卒業できるよう頑張る。」  シュン君を見て、僕も少し頑張ろうと思った。ショウゴ君はその日の朝も少し元気なさそうにしていたが、遊具一緒に遊ぼうと僕に声を掛けてくれた。 ■  それから1年が経った。僕は10歳になった。  年上の子達は年々中高クラスに移動するためだんだん少なくなってきたし、いじめっ子達も少なくなったせいもありあまりいじめられることも少なくなってきた。たまに同い年の友達がからかってくることで嫌な気持ちになることはあったが以前よりは少なくなった。自分で言うのもなんだが頑張ろうという気持ちが芽生え、少しは成長したのかなと思う。    ある初夏の晴れの日、めずらしくシュン君、ショウゴ君と3人で遊んでいた。いつもはシュン君はほかの運動が好きな子と一緒に遊び、ショウゴ君、僕はその日の気分で適当に遊んでいる。前日に鉄棒で逆上がりができるかということが話題になった。ショウゴ君はできない、シュン君はできる、僕はやったこともないということでシュン君が特訓してあげるという話になり、グラウンドの右奥にある鉄棒と砂場のエリアに行くことになった。逆上がりは僕もショウゴ君も一切できず、へそを鉄棒に寄せるんだとシュン君に教わってもいっさいできる見込みもなく、少ししたらすぐに飽きて勝手に前回りしたり、しまいには砂場でお山とトンネルを作って遊び始めた。シュン君は飽きれて鉄棒でほかの技の練習をひとり黙々とし始めた。  3人が鉄棒付近で遊んでいると、遠くからリノちゃんが一人で何かを企んでいるような顔つきをして近づいてきた。リノちゃんは部屋が別れた後もパパの秘密を共有している仲という関係で一緒に話したり遊んだりすることが多かった。  「ねえ、ちょっと一緒にこっちに来て。」  と物置小屋の裏のほうに誘われた。最初から様子がおかしかった。急に何だろうと思った。  「ねえ、いいこと教えてあげる。内緒の話だよ。一緒の部屋で生活してた馴染みで特別だからね。」  3人とも不思議と興味が湧いてきた。リノちゃんはきょろきょろと辺りを見渡し他に誰もいないことを確認すると続けた。  「動物園と、水族園の間に小さな川が流れているでしょ。小さな木の橋がかかっているその下の小さな川。あの小さな川の左に狭い通路があるでしょ。一人やっと通れるか通れないかわからないような通路。そこの奥に行ったことある?」  「え、あるわけないよ。あそこ雑草だらけで行けそうもないじゃん。」  シュン君、ショウゴ君が口をそろえて言った。もちろん僕もない。  「あの小さな道、実はずっと続いているらしくって、その道を進んでいくと森の中に入っていくらしいの。森の中も道が続いているみたいで、進むと行き止まりになるらしいんだけど・・。私ね。先生がこそこそ話しているの聞いちゃったの。教えてほしい?」  欲しくないって言ったって教えたくてしょうがないくせに。3人は顔を見合わせそう思いながら、「え、教えて。」と返した。  「内緒だよ。絶対。」  女の子は内緒が好きだなあ、と思いながら聞いた。  「その森の中の道の途中を、少し左に曲がれるような道があるらしいの。その道がまたずっとつながってて、その道がスクールの外へとつながっているみたいなの。」  「えっ」  3人はびっくりした。外に出れる道があるなんて思いもしなかった。  「ただね、道とかがもうボロボロで大人たちも行くのが難しいみたいなの。この間ね、そこを塞ぐ手入れをいつかしないとなあーって先生たちが話してたのを私、隠れてこっそり聞いちゃったんだ。」  「手入れって、だっていけない場所なんでしょ。」  「たぶん子供たちだったら行けるのよ。だから逃げないように塞がなきゃって言ってたのよ。外と道がつながってるんだよ。今度行ってみない。ほらパパを知っている6人で。」  パパの噂は僕たち以外にも結構広まってた気がする。どうせリノちゃんが言いふらしたんでしょ、と言いたかったが、それよりもその道について気になった。  「行ってみよ。面白そうだし。」  シュン君は俄然興味が湧いたようだった。  「決まり。明後日ね。明日はほかの友達と遊ぶ約束があるから。」  そう言うとリノちゃんは左右をキョロキョロと確認し、誰もいないことを確認したのち走って行ってしまった。リノちゃんって変わらないなあと思い、少しほっとした。    その翌日、男3人で洋服屋さんに行き冒険用の服を探していた。でもショウゴ君が  「冒険用の服を着ると明日行くのばれちゃうんじゃない。」  と言い出し、3人は結局少し動きやすい服を選ぶにとどまった。シュン君はとてもワクワクしていたようで、部屋で一人黙々と準備に取り掛かっていた。   ■  翌々日、朝食を食べてすぐに建物の入り口で待ち合わせることにした。ほかの子たちの多くは勉強タイム、勉強をしない子たちもたいていは遊具で遊ぶかグラウンドや施設内の体育館でボール遊びしたりするので動物園は人が少ないだろうことも計算済みだった。また、いつもなら動物園、水族園にいるミサトちゃんも偶然その日は勉強するようであった。リノちゃん情報では、数日前から教室で恐竜の絵を描くのに夢中になっているとのことだった。  「私、グラウンドを掘れば、一つくらい恐竜の骨が出てくると思うのって、ニコニコしてた。ミサトちゃんが動物園や水族園に居たらどう撒こうか考えてたけど無駄になっちゃった。」  「どうするつもりだったのさ。」  「あっちの水族園の奥に、見たことない大きな魚が見つかったとか言えば楽勝よ。」  女の子はアイナちゃん、メイナちゃんも一緒だった。2人は少し大きくなった印象だった。2人とも少し男の子っぽい服装をしている。僕もショウゴ君も昨日持ってきた比較的動きやすそうな服装に運動靴を履いていただけだったが、シュン君については少し冒険家を思わせる服装をしていて背中には迷彩柄のリュックをしょっていた。中には何か入っていて、リュックの半分くらいを占めていた。  久しぶりに集まる6人。6人で暮らしていた時もそんなに全員一緒に行動することはなかったのでとても新鮮な気持ちだった。みんなで歩いて動物園に向かった。この日は少し曇っており、じめっとしていたが比較的涼しい日だった。雨は降らなさそうで風も穏やかだった。遠くから見る動物園のほうは少し霧がかかっているようで良く見えなかった。  いつもなら勉強タイムで勉強中だが、それをさぼって行動することだけでもドキドキ感があった。グラウンドを目立たないように少し遠回りして歩くとやがて森林に入る。ここの木々の間から見える外の景色が好きだ。本当に外に出れるとしたら行くつもりなのだろうか。不安と期待が混ざり合っていた。  やがて動物園が見えてくるとリノちゃんが足早になった。  「こっちよ。」  みんなを手招きする。  動物園の奥のほうには野鳥や小さな猿が住んでいる檻がある。檻の右わきを抜けると動物園を囲う柵の終端に裏口の出入り口があり、狭い下り階段につながっている。階段を下るとそこには花が植えられている空き地がある。空き地を抜けるとまた上り階段がありその上には木々が数本生えている。木々の間の道を行くと動物園と水族園の境目に着く。ここに小川が流れており、小さな古びた木製の橋が架かっている。橋を渡り進むと水族園の入り口だ。小川の上流に当たる右側は傾斜もなく穏やかに流れているので水遊びもできる。暑い日にはわざわざここにきて水遊びする子も多い。下流にあたる左側は橋のすぐ下が傾斜になっていて流れが強く、その先は草が生い茂っていて狭くなっている。川の左脇をみると雑草だらけだが確かに人が通れなくもないスペースがある。橋からこの道に行くには橋の横のデコボコの石壁に足を掛けながら徐々に降りるしかない。  「ここを降りるの。」  リノちゃんが言った。  「ねえ、本当にここを行くの。狭いし草ぼうぼうだよ。虫もいっぱいいそう。」  アイナちゃん、メイナちゃんが口をそろえて言った。  「僕が最初に行くよ。アイナちゃん、メイナちゃんはその後ろをついてくればいい。」  シュン君は大張りきりだ。言った通りシュン君が、石壁に手足をかけてつかまりながら慎重に降りて行く。僕もショウゴ君もそれに続いた。そのあとアイナちゃん、メイナちゃんがきて最後リノちゃんが来た。アイナちゃん、メイナちゃんは少し怖がっている様子だった。乗り気じゃないところをリノちゃんが無理やり連れてきたのかなと思った。    生い茂る草を一つ一つ切り分け進んだ。なんとシュン君は草刈り用の鎌を準備していた。シュン君が先頭をきって進む。狭い道だが、気を付ければ小川に落ちるようなことはなさそうだ。狭い道の左脇は動物園を囲う石壁で挟まれていたが、少し進むとやがてその壁もなくなり道が開けてきて2、3列で進むことができるほどの幅になった。そのまま進むとリノちゃんが話していたとおり森の中へと入る道になった。この林道は2人が一緒に通れるくらいの幅で、草の生え具合や枯れ葉、枝が散乱している状態からして最近あまり人が立ち入っていない場所であることが想像できた。しかし地面は踏み固められた形跡があり明らかに道があることだけはわかった。    森の中は小さな虫が飛んでいて、それを見るたび体がかゆい感じを覚えた。うしろではアイナちゃん、メイナちゃんも虫を見るたびに小さく悲鳴をあげていた。荒れた道を進むと、やがて軽い下りの傾斜になった。足を滑らせないよう注意しながら林道をしばらく下に降りて行くと道も徐々に狭くなってきた。  「あ、行き止まりだ。」  シュン君が言った。道は急に終わりを迎えた。道の先には木の柵が立っていて柵の向こうは崖になっている。これ以上進めない。  「今来た道のどこかを曲がるのよ。」  「そんな道あった?」  「探せばあるはずよ。そう言ってたもの。探しましょう。」  振り返るとアイナちゃん、メイナちゃんは手を繋ぎあって「もう帰ろうよ。」と訴えるような顔をしていた。  来た道を戻りながら、右手に小道がないかを探した。  「ここ、行けそうだよ。ちょっと急だけど。」  ショウゴ君が言った。そこには足で踏み固められた階段状になった狭い坂道があり、葉や枝が無造作に落ちていた。雑草も大きく育っている。  「行きましょう。」  リノちゃんが強い口調で言った。今日のリノちゃんはちょっと怖い。2、3歳年上のお姉さんに見える。    またシュン君が躊躇なく先頭をきって道をかき分け、少し急な山道を下る。なんとか行けそうだ。地面の土が固まっていて明らかに誰かが通ったことのある道だ。1列になり、一人ずつ周りの木や地面に手を掛けながら慎重に道を下っていく。誰かが足を滑らせ悲鳴をあげるたびに、「大丈夫?」を声を掛け合う。  やがて道の傾斜はやわらぎ周りの木々も少し減ってきて普通に歩けるような道となった。薄暗い狭い山道をしばらく行くとやがて道の先に日の光が当たり明るくなってきた。山道の出口か?足早に進むとそこには崖を挟んで向こう側の森にかかる小さな吊り橋があった。    「あった。これよ。これを渡るのよ。これを渡ったら外よ。」  リノちゃんは自分の言ったことを証明できたことがうれしかったようで少し興奮気味だった。  この吊り橋は一人が通れるくらいの幅の木製の吊り橋で、吊り橋の長さはさほど長くなかった。吊り橋は数メートルの高さにかかっており、その下は木々が生い茂っている。川のようなものは見えない。吊り橋の木や縄はところどころ痛んでいるように見えるが、見た感じしっかりとしていて大人が渡っても問題なさそうに見えた。シュン君は吊り橋の横の縄を引っ張ってみたり、足元の板をトントン蹴ってみたり、近くにあった石を吊り橋の真ん中のほうに投げて当ててみたりして吊り橋の状態を確認した。  「全然大丈夫だ。行けるぞ。」  シュン君が吊り橋を渡り始めた。  「ソウ君も来いよ。結構頑丈だから大丈夫だよ。」  「待ってよ。」  そう言いながら、僕もおそるおそるシュン君について行った。確かに大丈夫そうだった。  「私も行くわ。」  続いてリノちゃんが来た。ところが、ショウゴ君と、アイナちゃん、メイナちゃんは一向に来ようとしなかった。  「僕、高いところ苦手だからやめとくよ。」  ショウゴ君が言うと、  「私たちも行かない。ねえもう帰ろうよ。」  とアイナちゃん、メイナちゃんがお互いの気持ちを察したかのようにお互いの目を見ながら口を揃えて言った。3人はしばらく顔を見合わせて何やらこそこそと話したかと思うと  「ここで待ってるから早く帰ってきてね。」  とニコニコしながら手を振った。僕も本当は行きたくなかったがシュン君、リノちゃんに挟まれ行かざるを得ない状態になりしぶしぶ行くことにした。    吊り橋は少し揺れたもののしっかりとしていた。吊り橋を渡りきると、しばらく山道が続いた。山道は少し登ると木々が減り視界が開けた。視界の先には森林と山々が見える。下には小さく川が流れているのも見える。少し横に行くと大きな石が数個ある岩場となった。小さな灰色の石が積み重なって山のようになっている個所もあった。大きな石の一つには石を削って書かれた何やら見たこともない文字や記号が刻まれていた。風が少し強く吹き、それが汗を乾かし涼しく心地よく感じた。    そこからまた狭い下り道が続いていた。少し休むとシュン君は再び進み始めた。リノちゃんも続いた。僕ももう行くのっと思いながらしぶしぶ2人の後を追った。そこからしばらくすると左手が山の壁、地面は土と木で作られている階段道となった。右手は胸のあたりの高さの木の柵で囲われていてその先は高い崖になっていた。二人並んで歩くと少し窮屈に感じるであろう幅の狭い道だった。ここもずいぶん年季が経っているようで、ところどころ腐食している。折れて壊れている個所もあった。柵側の崖の下はまた森林になっている。耳を澄ますと川が流れているような音が聞こえ、遠くには滝のようなものも小さく見えた。  「ここを下りれば外に出られるのよ。やったー。」  リノちゃんが喜んだ。  「よし、行こう。」  シュン君が言うと、リノちゃんは  「私はここまで。じゃあ戻るね。」  と言い出した。なぜと聞くと、  「だって、戻ってこれないかもしれないじゃない。この道半分壊れてるしちょっと怖いわ。それに、外で生活する準備も何もしてないし、アナメナも待ってるし。行くならあとは2人で行って。じゃあね。」  聞いてすこし呆然とした。あんなにイケイケだったのに、外にはいく気はさらさらなかったようだ。  「ソウ君は行くよね?」  「えっ?」  自分も怖くてもう戻りたかったし、これ以上行って戻れなくなったらどうしようと心配だった。  「外には、ママ、パパがいるだろうし、もしママ、パパの場所が分からなかったら他の人に聞いて居場所聞けばいい。ママ、パパの居場所が分からなくって最悪会えなかったとしても道に迷っちゃったからスクールまで連れてって欲しいって言えば連れてってくれるさ。何も問題ないよ。戻れないなんてことないさ。」  「で、でもー...。」  「大丈夫。道が危険だと思ったら戻れば良いんだし。行こう。」  シュン君はそう言うと笑顔で僕の手を握り進み始めた。僕は行かざるを得なくなってしまった。  「がんばってねー。私たちは戻ってるね。」  リノちゃんはニコニコしながら手を振り、来た道を戻って行った。 ■    とても急で険しい道だった。左の崖は岩肌がむき出しになっており、時折小さな石が落ちてくる。触ると脆く崩れそうな個所もある。地面の木の階段も長年手入れされていないのであろう、ところどころ腐食し壊れており、木の根っこが突き出ている部分もあった。右の崖側を見ると一部崖崩れしていて道ごと崩れている個所もあった。勇敢にもシュン君が先頭をきってどんどん進んでいく。その後ろを置いてかれまいと恐る恐る僕がついて行く。道の怖さ、これからどうなるのだろうという不安で涙が出てきた。    少し進むと、道の一部が崖崩れで大きく崩れていた。半分以上下がむき出しになっていて下から風がやさしく吹き上げている。  「怖いよ。やめようよ。落ちたら死んじゃうよ。」  僕は言った。  「平気さ。半分道が残ってるじゃないか。ここにつかまるところもある。」  シュン君はそう言うと、左手の岩が飛び出ている個所に手をかけると同時に左足を残った地面でジャンプし、ポンポンと進んだ。  「ほら。ソウ君も来いよ。大丈夫だよ。」  とても嫌だった。高いところは好きじゃない。でもシュン君が手を差し伸べているので断るに断れなかった。こんなところを超えたら、戻る時もここを通らなけらばならない。行くは良いが帰りはどうすると言うのか。壁の突き出た部分とシュン君の手を握りながら壁にへばりつくように慎重になんとか進んだ。  少しするとまた道が木々に覆われた。壁や地面や少し湿っている。壁からは湧水がぽつぽつと流れている。下を覗くと遠くに川と砂利が見えた。  「このまま行けばきっとあそこに出るんだ。」  「あそこから道があるの。」  「あるに決まってるじゃないか。この道だって誰かが作った道なんだ。作られた道があるってことはどこかにつながっているってことさ。」  少し進むと道はUターンした。そのまま湿った下り道を滑らないよう慎重に進むと、また右手が岩肌、左手が崖の狭い道になった。さらに進むと、また崖崩れで道が半分くらい陥落していた。今度は左手側が陥落していた。  「さあ行こう。今度は先にソウ君が行きなよ。」  「え、やだよ。」  「大丈夫だよ。さっきみたいに壁に手をかけてポンポンって行けばいいのさ。さあ行こう。」  本当に嫌だった。下を見ると吸い込まれそうで足がすくんだ。半分泣きながら、手を取るところを探した。手をとり崩れないか少し上下に揺らしてみて大丈夫そうなところを選んだ。そして陥落していない狭い部分を足で数回叩き、壊れないことを確認してから足を掛け進んだ。下を見ないよう上を見て、3歩、慎重に進みなんとか向こう側についた。  「ほら出来るじゃないか。頑張って、ママとパパに絶対に会うんだ。そして捨てられたんじゃないことを証明するんだ。」  シュン君は僕を見て一層元気になった。    続いてシュン君も岩の出っ張りに片手をかけ、道の残った部分を踏み素早く渡ろうとした。  次の瞬間、岩の出っ張りにかけた手を滑らせると同時に、足で踏んだ部分が崩れた。  「うわあ。」  空中で暴れながらもう一方の手で岩につかまろうとするがすべて空振り掴めない。  落ちた。  「えっ」  あまりにも一瞬だった。手を差し伸べる暇などなかった。びっくりして四つん這いになりながら崖の下を見るといくつかの土と岩と一緒に小さくなりながら木々の中に吸い込まれていくシュン君の姿が一瞬見えたかと思うとすぐに消えて見えなくなった。石が木にぶつかる乾いた音と揺れた葉の音が静かな自然の中にこだました。その直後、数匹の鳥の鳴き声と羽を羽ばたかせる音が聞こえた。崖の一部はさらに少し崩れ、石の音が輪唱するかのようにこだました。そしてまた森は静寂に包まれた。  ソウイチは目を見開き、足元から上に登ってくる冷たいしびれを感じるとそのまま全身が固まってしまった。下を見たまましばらく動くことができなかった。口が震えでふさがらない。いったい何が起こったのか状況がわからない。いや信じたくない。  大変だ。シュン君を助けなけなければ。そう思い震える体に力をいれて涙を目に溜めながら何とか動き出した。急いで崖の道を下る。幸い、それより下は大きく陥落している個所はなかった。  20分、30分、無我夢中で下った。やがて森林の道に入り崖路がなくなった。さらに進むと砂利の道と、奥に大きな川が流れる場所に出た。    周りを見渡すがシュン君はそこには居ない。  どこだ。下ってきた感じ、もうすこし川の上流のほうか。  川にそって上流の方へと歩き始めた。シュン君はどこだ。  やがて小さな滝にぶつかった。その脇は大きな岩で壁ができている。そこを慎重に手を取り足を取りなんとかよじ登りさらに先に進む。滝の上も砂利道が続いている。左手に木々生い茂り、ところどころ日が差し込んでいた。周りを見渡しながらところどころある水たまりを避けつつゆっくりと道を進む。このあたりな気がする。少し進んだところで辺りを見わたすと、黄土色の細かい石が転がっているのが見つかった。慌てて走って近づき辺りを探した。    いた。木々に隠れシュン君の足が見える。岩と一緒にうつ伏せに倒れているようだ。すぐさま全力で走って近寄った。  「シュン君。大丈夫?」  小さな情けない声で話しかけた。返事がない。  背中をゆすったが、動かない。不意にシュン君の顔が傾きこちらを向いた。  目は薄く見開いたまま、口は半開きで口の脇には血がついていた。髪の毛や顔が土や葉っぱがくっつき汚れている。びっくりし後ずさりした。周りを見渡しても人の気配はない。静まり返った川岸と木々。再度勇気を振り絞ってシュン君に近づく。もう一度優しく揺する。反応はない。間違えなく死んでいる。  「シュンくーん。」  その場で座り込み、顔を足にうずめ泣いた。なんでこんなことになってしまったのか。これからどうすればよいのか。まったくわからなくなってしまった。    どれくらいたっただろう。どれくらい泣き続けただろう。たまにシュン君のほうを見ては、奇跡が起きていることを願った。でもその体は微動だにしなかった。  誰かに助けを求めよう。  意を決して立ち上がり、シュン君に近づくと、近くにある枝や葉っぱをシュン君にかけシュン君を隠した。そして泣きながら川沿いを来た方向である下流に向かって歩き始めた。
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