とりかえばやのその先に

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 次の日から、ディアン王の執務室には、ミアーハ王女の姿があった。姫は政務における王の質問に的確な答えを返し、王の第一の相談相手としての地位を得た。  家臣達も、何か問題があれば『兵を送って脅せ』ばかりだった自分達の王が、武力以外の解決法を取る事によって、民の信頼を徐々に獲得してゆく事に安堵し、王を導いてくれる若く利発な王女に感謝するようになった。  そうすると、自然に持ち上がって来る話がある。  ある晩、執務を終え、いつも通り夕食の席で王と談笑をしながら過ごしていたミアーハは、ディアンがある瞬間にふっと黙ってうつむき、考え込んでしまったのを訝しんで、小首を傾げる。  ディアンは、彼にしては珍しく、言葉を選んで思考を彷徨わせているように思えたのだが、不意に顔を上げると、ミアーハに向き直って口を開いた。 「今日の朝議で、おいぼれ共に言われた。さっさと式を挙げて正式な夫婦になれと」  驚きに、ナイフとフォークを持っていた手が中途に止まってしまう。いや、驚く必要など無いはずだったのだ。戦勝国の王が敗戦国の姫を手に入れて娶る事は、何ら珍しい事ではないのだから。  だが、ディアンは男で、ミアーハも見た目はどうあれ男だ。彼と共に政務に関われる事が楽しくて、(はた)からはどう見えるかという世間の常識を忘れていた。  それでもミアーハは迷わなかった。食器をテーブルに置くと、まっすぐにディアンを見つめて、静かに返す。 「たしかに、私達が結婚をせぬままでは、家臣の方々や民も不安に思いましょう。形ばかりですが夫婦になり、陛下は側室を娶ってくださいませ」 「阿呆」  ディアンがあきれた様子で唇を歪める。 「俺は子を残す事に興味は無いと言っただろう。俺が死んだ後の王位など、欲しい奴にくれてやれば良い。それよりも、俺はお前と共に歩む人生を謳歌する方が楽しい」  そうして彼は、おもむろに席を立ってミアーハの元へやって来て、武骨な手でミアーハの細い手を取り、左薬指に、ミアーハの瞳の色と同じ琥珀の指輪を滑り込ませた。 「俺は『フェイオンの姫』ではなく、お前という人間に惚れた。歪な形ではあるが、一生俺の(そば)にいてくれまいか」  ミアーハの瞳がたちまち潤み、水分の形を取って流れ落ちる。姉に本来の地位を奪われ、父にも顧みられず、『気弱な男姫』と陰口を叩かれた自分を、人生の伴侶として必要としてくれる人がいる。その事実が、ミアーハの胸を明るい光で満たし、更なる涙を呼ぶ。 「返事は?」  左手を包み込むように握るディアンの問いかけに、ミアーハは濡れた頬を右手でぬぐい、しっかりとうなずくのであった。
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