とりかえばやのその先に

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 婚礼への準備は慌ただしく過ぎた。  ミアーハのドレスを縫うのは完全に外からは遮断された部屋で行う。口の固いお針子達を雇い、膨らみの無い胸は、ドレープをたっぷりと取る事で誤魔化した。  式典会場が整えられ、自分達の蛮勇な王を為政者としても成長させた王女が后となる事を、民達は素直に歓迎し、どれだけ賢く美しい姫君であるのだろうかと噂し合い、城下街の店は王族の結婚を祝う特売を始めて、非常に盛り上がった。  そうして、婚礼の日はやって来た。  天神の像の前で永遠の誓いを交わす儀式は、参列者の誰もが溜息をもらすものであった。  紫を基調にしたシャルラッハの伝統衣装をまとったディアン王の凛々しさと、たっぷりの布を使ったフェイオンの白い花嫁衣装に身を包んだミアーハ王女の美しさは、シャルラッハとフェイオンが一つの国になって続いてゆく象徴なのだという印象を、二人の姿を目にした誰もの心に焼き付けた。  ミアーハ王女は喉を痛めているから、という理由で、司教の問いかけに対して首肯するのみではあったが、式典そのものはつつがなく終わり、いよいよ二人は屋根の無い馬車に乗って城下へのお披露目に出た。  沿道につめかけた人々が喝采を送る中、ディアンとミアーハはにこやかに笑い手を振って応える。子供達が花びらを撒き、幸せの空気は王都中に満ち満ちていた。  しかし。  ミアーハが、ふっと名目上夫となる人の顔を見上げた瞬間、ディアンが覆いかぶさるようにこちらの身体を抱き締めた。驚きにとらわれたミアーハが声をあげるより先、銃声が鼓膜を叩き、ディアンが苦悶の声を洩らした。  ずるずると。ディアンの身体の重みがのしかかって来る。呆然とするミアーハの白い花嫁衣装が、じんわりと赤く染まってゆく。それがディアンの血だと気づくのに、そう時間は要らなかった。  喜びの空気が一転、驚きに陥って誰も彼もが恐慌の声をあげる。その合間を縫って、フードのついた黒服をまとった人間が数人、人の波をかき分け、ディアンとミアーハの乗る馬車の馬を撃ち殺して馬車を止め、王達を守ろうとする兵も撃ち倒す。 「陛下、陛下!」  己の低い声が民の耳に届くかもしれない可能性も頭から吹き飛んで、目をつむり呻くディアンの身体を揺さぶっていたミアーハは、襲撃者の一人が馬車に乗り込んで来たのに気付いて、身を固くし、しかし気圧されまいと、ディアンを抱く腕に力を込めて、相手を睨み返した。 「そんな顔をするようになったか」  フードの下から聴こえて来たのは、ミアーハが欲しいと願っても手に入れられない、女声だった。しかもその声に聞き憶えがあって、ミアーハは愕然と目を見開く。  ミアーハの驚きを置き去りにして、襲撃者がフードを脱ぐ。彼と同じ黒髪に琥珀の瞳、似た顔立ちが露わになって、ミアーハは更なる驚愕で呆然と相手の名を口にした。 「アミッド……」
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