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対シャルラッハ戦の最前線で死んだはずの『弟』であった。撃たれた、という話は事実であったのだろう。美しい顔の右目は眼帯で覆われている。
「お前がその王をたぶらかして、外に連れ出す機会をうかがっていたが、まさか本当にその役目を果たしてくれるとは思っていなかったよ」
銃を迷う事無くこちらに向け、双子の『弟』は歪んだ笑みを見せる。
「さあ、そこを退け。その愚昧王を斃し、父上の仇を取って、私達がフェイオンを再興させるのだ」
アミッドが、餌を前にした蛇のように舌なめずりする。それに対するミアーハの答えは、ディアンの身体を静かに座席に横たえると、彼の腰から銃を抜き取り、無言で、血を分けたきょうだいに向けて構える事であった。
『弟』が目を見開き、呆気に取られた表情を見せる。強気な彼女のそんな表情を見るのは、『姉』の自分でも初めてだった。いや、アミッドも驚いているだろう。強い意志も無く、城の奥にこもっているばかりだったきょうだいが、凛とした決意を顔に宿して、自分に銃口を向けているのだから。
「……愚かだ」アミッドが吐き捨てた。「身も心もシャルラッハに毒されたか、この愚か者が!」
怒号と共に、二つの銃声が重なる。
硝煙のにおいがあたりに立ち込める中、呻いてがくりと膝をついたのは、アミッドの方だった。ミアーハの一撃はアミッドの身を傷つける事無く得物だけを弾き飛ばし、彼女の弾がミアーハに当たる事も無かった。
「去ってください、アミッド」
決意を込めた、いつになく強い口調で、ミアーハは己の片割れを見すえる。
「私はこの方と共に生きると決めました。あなたが私達やシャルラッハに干渉しない限り、私はあなたがフェイオンの再興を願う事を、止めはしません」
ですが、と、銃口を相手から外さぬまま、彼は語を継いだ。
「もしあなたがこれ以上この方やシャルラッハの民を脅かすつもりならば、私もただの『姫』ではなく、一人の人間としてあなたと戦う道を選びましょう」
アミッドは、撃たれて痺れているのだろう手をおさえたまま、唖然とミアーハを見つめていた。だが、ある瞬間にはっと我に返ると、左だけになった琥珀の瞳でぎんとこちらを睨みつけ、
「せいぜい、後悔しない事だ。自分から波乱の道を選んだ事を!」
と言い残して、馬車から飛び降り、仲間達と共に再び人波をかき分けて消えた。
幾人かのシャルラッハ兵が咄嗟に後を追ったが、アミッドは昔から、人をまく方法に長けている。恐らく彼女は逃げおおせるだろう。
いや、それよりも。
深く息をついて下ろした手は、がくがくに震えていた。その場に銃を取り落し、座席でぐったりとするディアンに取りすがる。
「陛下」
呼びかける声まで震えている。自分を必要としてくれたこの人を、どうか連れて行かないで欲しい。涙を流し、届くかどうかもわからない願いを、心の中で天神に叫んだ時。
「……随分な度胸だったな、たまげたぞ」
伸ばされた手が、頬をぬぐう。濃紫の瞳が呆れたように細められてこちらを見つめている。
「肩をかすめて一瞬意識が遠のいただけだ、命には関わらん」
「でも」
ミアーハの白い衣装を赤に染める程の傷は負ったはずなのだ。だのに、ディアンはさしたる問題でもないとばかりに、歯を見せて笑ってみせるのだ。
「お前との楽しい人生がこれからなのに、奪われてたまるかと、死神を蹴り飛ばして来てやった」
こんな冗談まで放つのだから、本当に命に別状は無いのだろう。
「もう!」
頬を膨らませて飛びつけば、「いたたたた、傷を負ったのは本当だから、あまり痛い思いをさせてくれるな」と情けない声が返り、しかししっかりと抱擁を返された。
シャルラッハ王ディアンとフェイオン王女ミアーハの婚姻によって、フェイオン国は正式にシャルラッハ領として併呑された。
武で周辺国を制覇して来たディアン王であったが、ミアーハ王妃を傍につけるようになってからは政治にも才を発揮し、賢王として後の世に名を残す事となる。
二人の間には遂に子が生まれる事は無かったが、仲睦まじさは吟遊詩人の歌にもなる程で、お互いを信頼し合い、共に尊重し合う人生を歩んで、死した後も隣同士の墓に寄り添い眠る武勇の王と美しき王妃の逸話は、永く語り継がれるのであった。
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