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「声はね、喉で出すんじゃないの。体全部から出すの。だから、それをちゃんと体で感じて。」
「はーい!」
高校2年生。
今年の文化祭でウチのクラスは演劇をする事になった。
それで、中学の時に演劇部だった私が演出を担当する事になり、練習初日の今日は、出演者に発声練習を指導しているんだけど。
文化祭で、ここまで必要?って、まだどこかで思っている。
でも、ノリのいいクラスメイトたちの期待に応えるように、中学の部活を思い出ながら、発声練習を繰り返し指導する。
「難しかったら、お腹に手を当ててみて、次に胸。そうやって、体中に声が響いてるか確認しながらやってみたらいいよ。」
みんなの周りを歩きながら、上手くできていない人を見つけると丁寧にアドバイスをし、笑顔で、緊張を和らげる。
「どうせやるなら、演劇部のノリでやろう。」と、みんなのテンションを上げさせている張本人。クラス委員で、小学校の頃、少しだけ児童劇団に入っていたという、山岡楓汰は私の助手を買って出た。
楓汰は、人の心にすぐに入り込む。いわゆる、人たらしだ。
柔らかい少し中世的な顔立ちも、明るく張りのある声も、人を引き付ける要素の一つだと、私は冷静に分析している。
楓汰は一周見回ると、前に立って全体を見ている私の隣に並んだ。
165cmの私より頭一つ分高い背が、もう少しで肩が触れそうな位置に立ち、前を向いたまま、体を私の方へ少し傾けると、私の耳元で囁くように言った。
「ラストの変更部分、出来た?」
私が少しでも動くと、何もかもが触れてしまいそうな距離。体半分、全てで楓汰を感じながらも、何でもないように前を向いたまま小さな声で応える。
「もう少し。」
「えっ?」
楓汰は聞こえなかったのか、今度は自分の耳を私の口元に持ってくる。
楓汰の髪からシトラスの香りがして、一瞬で体全部が楓汰に反応してしまう。一気に毛穴が開き、急上昇した体温を逃がそうとする。
そんな私の体の事情なんて悟られないように、さっきと同じボリュウームと声で同じ言葉を繰り返す。
「もう少し。」
今度はちゃんと聞こえたようで、楓汰は直ぐに私から離れると、コツンと意外と逞しい肩で、少し下にある私の肩に当てた。
「楽しみにしてる。頑張れ。」
そう言って、またみんなの指導に戻った。
楓汰が肩を当てた時、私の心臓は大きく波打つと、一瞬止まった。そして、倍以上のスピードになって動き出すと、発熱しそうなほど体温を上昇させて、呼吸をするのが苦しくなった。
でも、そんな顔は1mmも見せず、私はみんなを見渡した。
そして、笑顔で指導する楓汰に目がとまる。
そう、私は楓汰に恋をしている。
でもそれは、誰にも知られてはいけない、自己完結を待つだけの恋。
楓汰は友達で、今の私はそれ以上にもそれ以下にもなりたくない。
だから必死に、「強くて、頼もしい、友達の野々村茉奈。」を演じている。
本当は、こんなにも好きな人の一挙一動に心をかき乱されているのに。
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