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「――――そういう訳で、僕は2Bの芯しか使わないので、それで書いたらすぐに」  向かいの席で、はぁ、と息を吐いた『ふみか』の表情は、驚きと感心に見えた。 「そっか……芯ねえ。それは気がつかなかった」  呟いて彼女は宙を見上げ、納得したようにうんうんと頷く。 「申し訳ありませんでした。いろいろご迷惑を」 「ああ、全然。面白かったから」  面白かった、って……他人のシャープペンと入れ替わったことが、か?  若干、僕が眉をひそめたことなど、気付きもしないように彼女は言った。 「って、ごめんね。最初にあたしが間違って渡したせいなんだけど。でも、なんか面白かったんだよね。沙紀……あ、友達にも、とりあえずどっちも自分のと同じの持ってるんだから、それでいいじゃん、って言われたんだけど。いや、でももしかしたら気がつくかもしれないから、ってあの時頼んだら、やっぱりそうなったし。彼女驚いてたけど。……あれで、貴方が気がつかなくてそのままだったら、多分ちょっと寂しかったと思うんだよね。あたしが。自分のが返ってこないからじゃなくて、皆そんなの気にしないのかなってことが」  驚いて見ていると 「あたし、変なこと言った?」 言われて、慌てて首を振った。 「あ。いえ……そういう意味では、僕も、助かりましたから。同じものでも、他の人のものだと分かったら使うわけにいかないので」 「だよね。良かった。あたしが気にし過ぎなのかと思った」  笑って、彼女はひとつ息をついた。 「ごめんね。わざわざ学食まで付き合ってもらって。一応持ち主に戻ったんだけど、なんとなく気になってたから。直接話せてやっと腑に落ちたというか」 「それは、こちらも……」  これでやっと終わった、と思った。  僕はシャープペンの消しゴムを使うのは嫌いで、普段から芯の補充以外でその蓋を開けることはなかったから、本人から聞かなければその可能性にすら辿り着かなかっただろう。  どんな相手かも分かったし今度こそ囚われるものは無くなったはずだと、ほっとしたような、けれどどこか楽しみにしていた祭りが終わったような喪失感を覚えていた時、妙な気配を感じて視線をほんの少しずらすと、後ろの方の席で先日熱を出した橋本と数人の女子がこっちを見て何ごとか話しているのが目に入った。  ……他人と共同作業も出来ないような男が異性と話しているのが、そんなに面白いのか。 「ごめん。何か用事あった?」  視線を逸らしたのを気にしたのか、『ふみか』が言った。 「あ。いえ。……」 「ごめんね。知らない子引き留めて……っていうか、あれ?下の学年だよね?勝手にそう思ってたけど」 「2年です」 「そっか。あたしは」 「就活でお休みしていると聞きましたし、そもそも講義で分かります」  一瞬きょとんとして彼女は苦笑いして言った。 「……仰る通りで……」  しまった。  こういうところが……これだから、悪気でなくても煙たがられるし、人を不快な気分にさせるんだろう。 「すみません。初対面の4年生に失礼な」 「へ?」 「え?」 「別に失礼じゃないでしょ。ちゃんと敬語使ってるし」 「……そういう問題ですか?」 「じゃない?賢いんだなと思っただけ」  微笑むと彼女はひとつ息をついた。 「さぁて、気になってたこともすっきりしたし、これから図書館行かなきゃ」 「調べものですか?」 「うん。卒論。まだテーマ決めてなくて。早くしなきゃいけないんだけど、迷っちゃって」  困ったように眉を寄せて、ふにゃりと笑う表情を見ると、見えない手に心臓を掴まれた心地がした。 「じゃ、行こうか。付き合わせて悪かったね」 「あの、僕も」  彼女が立ち上がりかけると、口から勝手に言葉が出た。 「……僕も、やることがあるので、図書館までご一緒していいですか」  一度瞬きをして、彼女は笑った。
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