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花壇にはあじさいの花が咲き乱れ、かたつむりが我が世を謳歌するような梅雨の季節。
家の部屋の窓際にちょこんともたれかかり、千夏は不安気に雲が多くなっていく空模様を眺めていた。
六月は雨の多い季節というけど、明日は絶対晴れて欲しい。
というのも明日はパパとママと一緒にピクニックに行く約束の日だからだ。ずっと前から楽しみにしていたその日なのに、雨なんかに邪魔されたくない。
手を空に掲げ、雲をかき散らすように振ってみるが、それでどこかに行ってくれるような親切な雲でも無かった。
千夏は不満たっぷりに唇を尖らせ、空に浮かぶ憎たらしい雲を見上げ続ける。雲はまるで嫌がらせのようにせっかくの青い空をどんどんと埋め尽くしていく。
「雲なんかどっか行っちゃえーーーーー!!」
思わず大声で叫んでしまうが、はるか遠くに広大に陣取っていく雲の群れに千夏の声は余りに無力ではかなかった。
「千夏ちゃん、空を晴れにするにはてるてる坊主を作ると良いわよ」
ついに見かねたママが千夏の後ろから声をかけてきた。
「てるてる坊主?」
千夏はくるりと振り返る。
「そう、願いをこめててるてる坊主を作るの。千夏の願いはきっと神様に届いて空を晴れにしてくださるわ」
「そうなんだ。ありがとうママ。わたし、てるてる坊主作るよ!」
「じゃあ、ママと一緒に作ろうか」
「ううん、わたし一人で作るよ。ママに手伝ってもらって楽しちゃうと、わたしの願いが届かないような気がするもん。よーし、作るぞー!」
「そう。頑張ってね、千夏ちゃん。ママ、応援してるから」
暖かいママの声援に送られて千夏は早速自分の部屋に向かった。学校で使う教材の中から工作のセットを取り出し、床に広げる。
「よーし、作るぞー」
気合も新たに、画用紙とハサミを手に取り、チョキチョキと切っていく。
千夏はてるてる坊主を見たことはあったけど、作り方まで知っているわけではなかった。でも、頑張ってやれば出来ないことはないはずだ。
慎重に気をつけながら、そして何よりも空が晴れてくれることを願いながら千夏はハサミを進めていった。
そして、ついにてるてる坊主の形に画用紙を切り終えることが出来た。クレヨンで顔の部分に目と口を描き加える。
これで終わり……だろうか。何か変だ。前に見たてるてる坊主はもっとふっくらとしていたような気がする。
そうだ。厚みが足りないのだ。千夏は記憶を頼りに色紙をちぎり、てるてる坊主の両面にぺたぺたと貼りつけていった。
なんとか思いどおりの形になった。
このままだとけばけばしくしわくちゃでみすぼらしいのでもう一枚外に画用紙を巻き、セロハンテープで止めることにする。そして、改めて顔の部分に目と口を描き込んだ。
よし、これで良い。
苦労して頑張って作ったかいがあって、てるてる坊主はとても誇らしく輝いているように見えた。
「お前は今日からてる太郎よ。てる太郎、空を晴れにしてね」
千夏はそのてるてる坊主をぎゅっと抱き締めて願いをかけてから、その首に凧糸を巻き、窓のところに吊り下げた。
ゆらゆらとゆれるてる太郎と外の景色を眺めながら、千夏はさらに祈り続けた。
どうか、明日は晴れにしてくださいと。
そして、時間は流れていった……
ここはどこだろう。
ふと気がつくと、千夏は見知らぬ広い空間の中にいた。
地面は茶色い、空は青い。でも、他には何もない。ただっ広いだけの空虚な空間。
「ここ……どこ?」
不思議になって千夏は辺りを見回しながら歩きだした。すると、いくらも行かないうちに空の彼方から何かが飛んでくるのが見えた。足を止め、そちらの方に目をこらす。
それはすぐにやってきた。瞬く間に空一面を真っ黒に覆い尽くし、無数の風と雨と光となって千夏の身に降り注いでくる。
「いやーーーーーー!!」
千夏は怖くなってさっとしゃがみこんで目を閉じ耳を押さえた。
これは雨だ。わたしの楽しいピクニックを妨害しようとする悪い雨だ。
でも、そうと分かったところでこの状況をどうすることが出来るだろう。何もせずただ黙って通り過ぎるのを待つしかないのだろうか。
いや、わたしにも出来ることはある。てるてる坊主に祈りをこめることだ。
「てる太郎! あの雨を追い払って!」
千夏は決意をこめて立ち上がると、天に向かって強く祈った。
「千夏ちゃん! 君の願い確かに受け取ったよ!」
不意に天から誰かの声が聞こえたかと思うと、千夏の前に巨大な何かが現れて降りかかる雨を遮った。
それは千夏のよく知っている姿だった。ぱっと顔を輝かせてその白い者の姿を見上げる。
「てる太郎!」
それはまさしく千夏の作ったてる太郎だった。巨人のように大きな姿となり襲いくる雨雲をくいとめている。
「千夏ちゃん! 祈るんだ! そうすれば僕はこいつを追い払うことが出来る!」
「うん! 分かった!」
てる太郎の声に千夏が答える。千夏は必死に祈った。晴れてくれるようにと。
「よーし、やってやるー。そりゃあ!」
千夏の祈りに元気づけられたてる太郎はついに荒ぶる雨雲どもを持ち上げ、地平線の彼方へと投げ飛ばした。空には太陽が現れ、元の青空が戻ってきた。
「ありがとう、てる太郎。これでピクニックに行けるよ」
千夏は眩しい陽光に目を細めながら、目前にそびえ立つてる太郎の姿を見上げた。
「千夏ちゃん……」
てる太郎が呟く次の言葉は千夏の耳に届く前に消えていった。
ふと目が覚めると千夏はベッドの上で寝ていた。
不思議そうに目をこすりながら起き上がる。どうやらてる太郎に祈りをかけている間に朝まで眠ってしまったらしい。ベッドに運んでくれたのはママだろうか。
「そうだ、天気!」
ふと我に返り、千夏は窓に駆け寄ってカーテンを開けた。
「うわあ!」
空は晴れていた。昨日の不安が嘘のように雲一つ無い青空になっていた。
「パパーーーー! ママーーーー! 晴れたよーーーー!!」
千夏はおおはしゃぎで部屋を飛び出していった。
窓際には役目を終えたてる太郎が一人逆さまになって揺れていた。
今日は快晴。ピクニックには絶好の良い天気。千夏は大好きなパパとママと一緒に空気のおいしい高原に来ていた。
「わあ、空気がおいしー! 絶好のピクニック日和だよね、ママー!」
「フフ、そうね。昨日は怪しい感じだったけど晴れてよかったね、千夏」
「うん! それもこれもみんなてる太郎のお陰だよ!」
「てる太郎ってなんだい?」
「そう言えばパパにはまだ話してないんだっけ。えっとね、てる太郎はわたしが作ったてるてる坊主なの! わたしが一生懸命願いをかけたから、てる太郎が悪い雨雲を追い払ってくれたんだよ!」
「そっか、千夏もてる太郎も頑張ったんだな。それじゃあ、空を晴れにしてくれたてる太郎のためにも今日は思いっきり楽しんで行こうな」
「うん! さあ、パパもママもわたしと競争だよー!」
親子三人でピクニック。その日は日が暮れるまで高原を駆け回り、千夏にとって思い出に残る楽しい一日となったのだった。
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