八回表

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八回表

 球場を出ると仙台駅までまっすぐ一本道だ。学生時代、福と並んで歩いた道だ。この道を歩いた先にいったい何が私たちを待っているんだろう。  私はスマホを取り出し、腹をくくって通話ボタンをタップした。 「……もしもし」  ワンコール目で不愛想な声が電話に出た。 「お待たせ」 「……うん」 「ずっとどうしたらいいか、考えがまとまらなかった。それでずっと言いあぐねてたんだけど、とりあえず事実から話すね。実は十月から仙台に転勤になったんだ」 「遠距離になるってこと……?いつ東京に戻ってくるの?」  別れではなく真っ先に遠距離と言ったことに、私は心ならずもほっとした。これから言わなければならないことを思ったら、勝手極まりないけれど。 「ずっと仙台かもしれないし、他の可能性も……」 「どういうこと?」 「次の転勤先は希望を聞いてもらえるみたいだけど、しばらく東京のは戻れないかもしれない。私は福といたい、これは本当。福の邪魔になったり何かを諦めさせたりはしたくないんだ。私といてもしてあげられることなんてたかが知れてるし、今なら福は引き返せる。可能性を失わずに済むよ」 「可能性って何?……別れようって言ってるの?」 「仕事のことが解決して一緒にいられたとしても、今の制度じゃ結婚だってできない。私は異性とパートナーになるのは無理だし、今はそれでも受け入れてる。でも福は……」 「私がバイだからって言いたいの?遠距離になったら私が男性に行くと思ってるんでしょう。環が私を信じられないだけなのに、仕事とか結婚とか私を口実にしないで欲しいよ」  昔の環は今より頼りなかったけど絶対そんなこと言わなかった、と福はつぶやいた。  ハッとした。私は福のためと思いながら、実は彼女自身を見ていなかったのかもしれない。ひどく独りよがりで、自分しか見えていなかった。  二の句が継げないでいるうちに業を煮やしたのか、福が口を開いた。 「最初に出会ったのが環だったらって、思わないと思う?でもそんなことどうしろって言うのよ……。だいたい私が別れようって言ったら、環はすんなり別れるの?」 「聞いて。私は……」  その時だった。震える声を、腹に響く花火の破裂音がかき消した。咄嗟に球場を振り返ると、球場の夜空にオレンジ色の大輪の花が咲いていた。そういえば夏のこの時期、七回裏が始まるタイミングで花火が打ち上がるのだ。  突然黙ったものだから、福のいぶかしそうな様子が電話の向こうから伝わってくる。 「……花火、上がってる」 「ラッキーセブンの?」 「そうみたい。……一緒に観たかったな」  ぽろりと本音がこぼれ出た。福が小さく笑った気配がして、電話口の声がほんの少しトーンダウンした。 「七回裏に点が入ったらたこ焼きおごるって賭け、よくしたよね」 「いっつも福には勝てなかった」 「何個おごってもらったかなあ」 「そんなの覚えてないよ」 「私は覚えてる」  福は静かにそう言った。ダリアの花も、短冊に書いた願いも、六年前環が一人で仙台に行ってしまった時のことも全部、と。
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