八回裏

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八回裏

 告白を断って以来、私はしばらくの間福を意識して明らかに挙動不審になっていた。喧嘩でもしたのだろうと、バイト先の同僚や先輩たちはそっとしておいてくれた。それでも福が気を遣って普段通りに接してくれたこともあり、しだいに以前のような関係に戻っていった。今思うと、福の気持ちを傷つけた上に気まで遣わせるなんて情けなさすぎて、泣きたくなるけれど。  それから半年経って次のシーズンが始まる頃、約束していた髪飾りの花も一緒に買いにいった。福が選んだのは、淡いオレンジのダリアだった。ぱあっと周りを明るくする彼女にぴったりだった。  その年――つまり七年前、私たちは前の年よりも少し遅い時期に仙台へ遠征した。広瀬川の灯ろう流しに合わせて、一泊することにしていたのだ。  一日目はデイゲーム。外野自由席のスタンドから全体を見渡すと、赤を基調としたスタジアムが青空に映えて美しかった。  試合が中盤に差し掛かった頃、私たちはいつもの賭けをしていた。一点リードのこの時、私はこのままファルコンズが勝つほうに賭けていた。こういう勝負はいつも福に負けるので、そろそろ運が向いてもいい頃だと思ったのだ。一方の福は私の運のなさを計算に入れ、すんなり勝たせてはくれないだろうと予想していた。  ところが私の期待を裏切って、あれよあれよという間にノーアウトのまま塁が埋まり、早くも私は景品のたこ焼きを買いに席を立った。だが席に戻ってみると、点差はそのまま。 「環がいなくなった途端ピッチャーのコントロールが冴えだして、なんと三者三振だったよ~!」 「よかったけど複雑……」  やっぱりか……、とがっかり項垂れた私の背中を福は笑いながらそっとさすった。福の手のひらに触れられたところが熱かった。でもそれは炎天下のせいということにした。  その後一度同点にされたものの八回裏に勝ち越し、結局その試合はファルコンズの勝利で幕を閉じた。勝利の興奮そのままに、その夜私たちは広瀬川へ灯ろう流しを見物に行った。たこ焼きはもう球場で食べてしまったし、屋台でなにかおごるという約束で。  雑踏の間を抜け、無数の灯ろうが浮かぶ川面を眺めている時だった。花火の上がる音がして、福が夜空を見上げた。つられて私も顔を上げかかり、ふと福の横顔に目がとまった。水面の波形が色白の頬に映しだされ、黒目がちな瞳に赤や青の大輪の花が咲いては散る。  なんて綺麗なんだろう――。  しがらみも何もかも関係ない。ただシンプルにそう思った。
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