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一回裏
今日試合が行われているのは、オリエンタルドーム。学生時代、私たちがアルバイトをしていた球場だ。心ないヤジを飛ばす客にもにこやかな笑顔を向け、ビールの入ったカップを手渡したものだった。
「暑いから今日はきっとかき入れ時だよね」
福は二本目のビールを冷蔵庫に取りに腰を上げながら言った。
八年前、私たちが出会った頃、オリエンタルドームはまだフェニックスドームという名だった。プロ野球にはネーミングライツを売りに出す球場もあり、数年で名前が変わることも珍しくない。
フェニックスドームはドームと言っても元は屋外にあった球場にドーム型の屋根を取り付けただけの作りで、壁はなく吹きさらしだ。密閉されていないため、当然夏は暑く、春先と秋は寒い。
私は福よりも一年早くこの世界に入った。
売り子は見た目やイメージこそ華やかだが、20キロほどもある飲料サーバーを背負って客席の階段を上り下りするのは中々の重労働だ。
サーバーの中身が揺れないように歩く筋肉の使い方や身体に負担のない背負い方を先輩に教わり、季節や飲料の種類に合わせて少しずつ売り方を工夫した。慣れてきた頃には売り上げ上位で表彰されたりもして周囲から一目置かれるようになっていたし、それなりに楽しくやっていた。
けれど充実しているようでいてどこか満たされない、渇きのようなものを感じていた。その正体が何なのか、漠然としたモヤモヤを胸に抱えていた。福が新人としてやってきたのはそんな時だった。
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