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二回表
先発のルーキー投手は失点したものの、三回裏を何とか同点でしのいだ。今の所は福の勝ち運が頑張ってくれているらしい。
彼女は私とは逆で強運の持ち主だ。選手が投げたサインボールをキャッチしたり、ファルコンズのノーヒットノーランを目撃したりと、少し分けて欲しいくらいだ。
さすが私、とメイクを落とした幼い顔で福は威張ってみせた。細い眉毛が得意げに上がり、私は苦笑して「はいはい」といつものように返した。
「私、来週出張だからその間いっぱい勝ち稼いでおいてね」
「え、どこに出張?」
「仙台」
それを聞いた途端、福は弾かれたように選手名鑑に手を伸ばし、ページをめくってチームの試合日程を調べ始めた。
「来週仙台って、ホームゲームじゃない。環の運じゃ不安しかないんですけどー」
「悪かったねー。ていうか仕事だし、球場とか行かないから」
「え~、でもナイトゲームだし、仕事後なら行けるんじゃない?」
「いや、私が現地で観たら負けるでしょうが」
「じゃあ私もついて行こうかなあ」
のんびりとした福の言葉は胸に重く響き、意識の彼方に追いやったはずのことがにわかに存在を主張し始めた。
――今の状況が変わったとしても、あなたは同じ言葉を返してくれる?
想像しても答えはない。考えれば考えるほど胸がズキズキ痛むだけだ。
かすかな動悸を誤魔化すように「あなたも仕事あるでしょ」と福を小突く。だが「だよねえ」という疲れた声とともに返ってきたため息が、どうしてもいつもより大きく聞こえてしまう。
「もう充電ゼロ」
福はぐだっとローテーブルに突っ伏した。最近、福がスポーツ栄養士として勤務している大学の水泳チームはヘッドコーチが変わり、それに伴い選手の栄養管理の方針が見直されたらしく、この所週末はずっとこんな調子だった。
「はあ~、幸せはここにあるね。野球とビールと……」
冷蔵庫からついでに持ってきた私のビールに二本目の缶をぶつけ、福は指を一本、二本とゆっくり折った。
私たちは今日も相変わらず野球の話ばかりしていた。だが繰り返される会話は、規則的にそして確実に時を刻む時限爆弾にも似ていた。
本当なら今すぐにでも打ち明けるべきなのに――。
一人抱えているうちにわだかまった思いが少しずつ胸を圧迫し、早く言わなければとこうして度々訴えかけてくる。
身勝手だとは分かっていた。それでも私はまだ福の「幸せ」の一部でいたかった。
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