四回表

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四回表

 球場最寄りの駅で電車を降り、私と絵梨はファルコンズの本拠地に立った。もう長いこと来ていなかったのに、足は覚えているのか勝手に球場まで運んでくれた。  記憶よりも周辺は整備され、見回すと子ども向けのアトラクションや真新しいグッズショップが球場のすぐ横にそびえ立っていた。スタジアムから漏れ出る照明が夕暮れの空を白っぽく染め、プレイボールの時を待つ観客の熱気が少しずつ膨らんで球場を満たそうとしていた。  とはいえ、まだ試合開始までには時間があったので、私たちは少しだけ遊んでいくことにした。 「なんか球場ってもっと武骨なイメージだったけど、ここはテーマパークみたいですね」  一々見えるものに感嘆の声を上げながら絵梨は言った。たしかに、子ども連れをターゲットにしているのだろう、以前はなかった観覧車やメリーゴーランドが存在感を放っていた。その上球場前の広場には夏限定のサンドビーチまで出現していて、足を真っ白な砂だらけにしてはしゃぎ回る子どもたちに、傍らで待つ両親が手を振ったり、心配そうに何がしか叫んだり、各々の時間を過ごしていた。  だが、学生の頃はただ微笑ましく見ていられたその光景は、今の私には眩しすぎた。  複雑な心境のまま、私は明るい声を作った。 「本当、来るたびに子どもに戻ったみたいにワクワクするよ」 「ふーん……じゃあ転勤になってよかったですね。いっそ年間シートでも買っちゃえばいいんじゃないですか」  球速を計るアトラクションで100キロを叩き出しガッツポーズしている所に、絵梨は急に刺のある口調で言った。 「え、なに急に。なんか怒ってる?」 「……だって先輩、全然寂しそうじゃないから」  数年前大路に転勤を告げられた時、きっと私も似たような反応をしたのだろう。恋愛感情は一切なかったけれど、気のいい兄貴がいなくなるようで心細かったのだ。  私は絵梨の背中をばしんと叩いて、猫毛の髪をわしゃわしゃと撫で回した。 「いい後輩を持ったなあ。中原は私がいなくても大丈夫だよ」 「逆です。こっちに来たら誰が先輩の世話焼くんですか。誰がボールペン見つけてあげるんですか。いくら女子たちが騒いでても、先輩は仕事以外はポヤポヤなんですからね」  絵梨の心底心配そうな目を見ていると、何だか申し訳なくなってくる。情けないけれど、仕事以外で私が頼りになるのはお財布くらいなのかもしれない。 「よっし、今日はこの私が可愛い後輩のために食べたいもの何でもおごってあげようじゃないか!」 「わーい!」  はしゃぐ絵梨に乗せられたような気がしないでもないけれど、こんな思い出も悪くない。というのも、わざわざ名店に行くまでもなく、この球場には和洋中あらゆるジャンルのグルメが揃っているのだ。  名物ひょうたん揚げや選手プロデュースメニューしっかり散財させられた後、私たちはレフト側の内野席に向かった。もちろんホーム応援側だ。  外野の中央には夕焼けの空をバックに巨大なスコアボードが設置されていて、そのすぐ横には同じくらいのサイズの液晶パネルが並んでいた。  席についたその時だった。巨大なスクリーンに「PLAY BALL」の大きな字が点滅し、同時にスタジアムDJの声がいっぱいに響き渡って試合開始を告げた。
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